【怪談実話】短編怪談『黒い足跡』
有野優樹
増える足跡
“怪談実話”
体験者本人が語る、又は体験者に取材をし別の人が語る。(もしくは執筆する)不可思議な恐ろしい話。それが怪談実話。
語り、執筆共に行っているわたくし有野は後者だ。自分自身の体験談も披露してきたが、数は少ない。
ここ数年でお便りや「自分には体験はないんですけど知り合いに体験した人がいて」と紹介して頂くことも増え、自費出版の怪談書籍(ZINE)、一作目「みんなの怪談~怪談短編集~」、二作目「みんなの怪談~玄の章~」の制作、共著「怪談一里塚(竹書房怪談文庫」の執筆をしてきた。
このお話は結局、何もわかっていないという結論なので、怪談愛好者からすると物足りないかもしれない。
しかし、それもまた怪談の魅力だと思っている。
自分の発信媒体だからというのを理由に、恐怖で震えあが‥らない、日常で起きた不可思議な現象を書いていく。
これは僕が中学生の頃、通っていた学校でおきた話である。
各クラス約三十五人。それが七クラスあった。僕らの時代からするとそこそこ大きな規模だ。
しかし校舎はというもの、廊下の壁は所々にヒビが入っていたり、直すつもりがあるのかわからない長い間使用が禁止されているトイレがあったり、ガタガタする机や椅子だったりと、生徒の数とやんちゃさに耐えているのがギリギリだった。
事実、東日本大震災のときは、廊下の壁の一部が少し崩れてしまった。以降は赤い三角コーンが立てられ、太めの黄色いテープに黒字で「近づくな」と書かれたものが、マラソンのゴールテープのようになっていたのを強く覚えている。
情勢も落ち着き、だんだんと日常生活に戻りつつあったとある日。
掃除の時間に一人の男子生徒が「なんであんなとこに付いてんの?」と不思議そうな声で、不特定多数の人に問いかけた。天井を指差している。指の先端に導かれるように数人が上を向いた。それにつられて僕も上を向く。
僕らの教室、四組前の廊下の天井に、うわばきの右の足跡が一つ付いていた。僕は二十五センチのうわばきを履いていたのだが、おそらくそれと同じくらいの大きさだろう。つま先から踵までくっきりと分かる黒い足跡。誰かがうわばきを投げて天井につけたのだろうか。
仮に投げたとしても、ここまで綺麗に付けるのは難しい。だいいち、投げつけたときに大きな音がするため、すぐに犯人は特定されてしまう。これだけの生徒数と教師の目を盗むのは難しい。それにそこまでしてやることではない。
発見した男子生徒は先生の指示に従い、ソバージュのような毛先になっている長い箒を手に取ると、毛先に少しの水をつけこすりとった。天井は、時代を感じる白さに戻った。
何日か経ったとある日。
四組前の廊下の天井に、またうわばきの足跡がついていたのだ。
「きもっ、増えてる」
一人の女子生徒が冷たいトーンで呟いた。
一回目に見たときには何人の生徒が、そして誰か目撃していたのかは覚えていない。しかし、この反応をしたということは、一回目のときに出会していたのだろう。その生徒が言う通り、足跡は一つ増えていた。
今回は左の足跡。一歩、二歩と、歩き出しているように見える。どちらの足跡もつま先から踵までくっきりとついていた。
今回は、背の低い女性教師が前回と同じように箒でこすりとった。
別の日。廊下の天井にまた、足跡がついていた。
今回は三つだ。一歩目の右足。その少し左上にある二歩目の左足。その少し右上にある三歩目の右足。誰か気づいて誰か掃除をしたのかは覚えていないが、僕がやったのではないことはたしかだ。
なんとなくだが、その足跡の進行方向は四組の教室へ向いている気がした。足跡が現れるタイミングは不定期だったが、そのあとも五、六回ほど続いた。
やはりその足跡は、四組に向かっていた。
何がきっかけだったか覚えていないが、足跡はいつの日からかつかなくなった。
逆さまになって天井を歩いたのかと思われるくらいに、くっきりとついていた黒い足跡。
僕の中学校でおきた七つも無かった学校の怪談の一つである。
【怪談実話】短編怪談『黒い足跡』 有野優樹 @arino_itikoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます