第8話

「・・・・・・分かった」

 そう答えた途端彼女は、満面の笑みで顔を寄せた。

「ありがとうございます。では、改めて」

 掲げられるグラス。

 俺はそれに自分のグラスを重ね、火酒をあおった。

「一旦離れてくれ。俺は護身用のアイテムを幾つか身につけていて、それが作動すると危ない」

「分かりました。私も護身用の物は、幾つか身につけています」

「この世界の物も?」

「いえ。イセカイの物の方が優れていますから。所詮この世界は、イセカイに比べるべくもありません」

 最後に何か呟いたが、それはノイズが入って聞き取れなかった。

 いつかの異民族への言葉同様、何らかの理由で日本語に訳せいないか規制が掛かっているようだ。

 また言葉の意味は言うまでもなく、差別的。侮蔑的な内容だろう。

「添い遂げるという話だけど」

「ええ、それは勿論。ただ私にも立場があるため、正式な伴侶というのは障壁がありまして。無論あなたが第一ではありますが、そこは・・・・・・」

「大丈夫。俺は立場とか身分を気にしない」

「ありがとうございます」

 薄く微笑む女性。

 俺も笑顔を浮かべ、彼女に説明しながら護身用のアイテムを外していく。

「正確には合い鍵ではないが、それに近い物だ」

 彼女にペンダントを渡し、席を立って寝室の扉に手を掛ける。

「そこから別な場所へ転送される、という事ですか」

「ああ」

「監視とかではなく、似たようなアイテムを知っているだけです」

 なんとも愛想の良い笑み。俺はそれに笑いかけ、彼女を伴って扉をくぐった。


 俺達が足を踏み入れたのは、暗闇の中。どこか遠くから、獣の鳴き声が聞こえてくる。

「これは行き用で、帰り用は別にある」

 暗闇の中で、彼女の手に別なペンダントを握らせる。灯りがないためお互いの姿は見えず、ただそのぬくもりだけが存在を知らしめる。

「つまりここは、中継地点。本来の転送先もあるのですよね」

「ああ。それはこれを使う」

 最後に指輪を取り出し、それを彼女の指にはめる。どちらの手に、どの指にはめたかまでは暗闇の中では分からない。

「それぞれの発動条件は?」

「家からここへは、扉の前でかざすだけ。戻る時はこの場所でかざすだけ。それぞれ目印があるからすぐに分かる」

「指輪の発動条件は」

 力のこもる台詞。先ほどの家も、この場所への往復もあくまでも前座。

 本当に大切なのは、最後の移動方法。俺が溜め込んだアイテムのありかだ。

「そうと念じれば、すぐに着く」

「試してもらって良いですか。・・・・・・疑っている訳ではなく、初めての事なので」

「構わない」

 彼女の肩に手を回し、意識を集中する。

 次の瞬間には、自宅に辿り着いていた。

「・・・・・・これは、なんですか」

「温風で髪を乾かす装置。これは火を付ける装置で、燃料が続く限り何度でも使える」

「武器はないようですね。当家も、そういった物は保管していませんが」

「今のところ見た事は無い。ただ武器はなくても、困る事は無い」

 物言いたげな表情。だがそれはすぐに消え、改めて俺の身体にしだれ掛かってきた。

「これからは、自由に出入りして構いませんか」

「ああ」

「商品をお借りしても?」

「ああ」

 俺の返事に深くなる女性の笑顔。

 その視線は俺を通り越して、棚に並んだアイテムを見ているようだ。

「何かの制約が掛かっているという事は?」

「盗難防止程度の対策は取ってある。ただ持って行かれればそれまでで、誰でも使えるし爆発するなんて事も無い」

「なるほど」

 女性はライターを手に取り、試行錯誤の上でそれに火をつけた。

「・・・・・・あなたがいなくても?」

「そのための合い鍵だろ」

「勿論です」

 ライターの火に照らされる女性の表情。愉悦と、快楽と。

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