第4話

 翌朝。同じ手順を踏み、元の家へと戻る。

 セキュリティを確認すると監視している人間の姿が幾つか映っているが、家の中までは入ってきていない様子。

 一応俺がいる事になっているので、今はまだそこを襲うという判断にはなっていないようだ。

「おはようございます」

 ギルドの扉をくぐると、女性が昨日と変わらない快活な笑顔で挨拶してきた。俺より飲んでいたのに、疲れたとかけだるいという雰囲気がまるでない。

「今日も気持ちの良い朝ですね。絶好の冒険日和です」

「そうだな」

 おざなりに返し、例により掲示板を眺める。いかにも冒険者が好みそうな依頼もあれば、100人挑んで100人死んで帰ってこないとしか思えない物もある。

 その中で俺が選んだのは、遺跡での現地調査。かなり大雑把な依頼だが、珍しそうな物があればそれを持ち帰れば良いだけだ。

「報酬は、今回も応相談ですね」

「学者個人か、どこかの学院の依頼だろう。上手く行けば、連中自作のアイテムをもらえる可能性がある」

「それは価値がある物ですか」

「市場に出回らないアイテムだ。それにどう価値を見出すかは、人による」

 つまりは誰も使わないようなアイテムで、ただ話のネタくらいにはなる。逆に言えば、それくらいの価値しか無い。


 遺跡と言っても街から少し足を運べば、あちこちにそれらしい場所は存在する。かつてあった王朝の宮殿、途絶えた宗教の神殿、由来も不明な石像。

「異民族の墳墓跡ですか」

 この世界はそこかしこで戦乱に明け暮れ、それはこの国も例外ではない。そのため異民族にルーツを持つ文化も時折みられ、この遺跡もその中の1つだ。

「盗掘はされているが、学者の興味はそれ以外にもある」

 俺は高くそびえる塔をスケッチし、おおよその高さを書き込んだ。三角形の辺の長さを求める公式を思い出しつつ。

 足下には埋葬物と思われる物が幾つも転がり、中には原形を留めている物も結構目に付く。

 現代日本ならこの土地ごと文化財に指定され、立ち入るなど到底不可能。昔の俺は考古学への興味も関心も無かったが、この光景を目の当たりにすれば話は別。

 この手の依頼があれば、無条件に受けてしまう。

 文化的な価値や意義を分かっている訳では無いし、値打ちなど全く理解出来ない。それでもこうして本物の遺跡に立ち入れるのは、さすがに感慨深いものがある。

「随分熱心ですね」

 俺が埴輪風の人形をデッサンしていると、女性が興味深げに近付いてきた。

 妙なやる気を見せている俺の態度に、何か価値のある物を見つけたと思ったのかも知れない。

「俺は別な国から来てるんだが、こういう文化財は保護すべきだと思うんだ」

「異民族ですよ」

 若干ノイズの入る、女性の言葉。

 この世界の言葉はどういう理屈か日本語に訳されて聞こえるが、今のはおそらく翻訳不能。もしくはより特殊な言語なのかもしれない。

 その意味は相当に侮蔑的。もっと言えば、差別的だったのだろう。

 とはいえ、人権や法治主義とはおおよそほど遠い社会。奴隷制度がないだけましで、とはいえそれに類する立場の人間が当たり前のように存在する。

 だからこそ女性の言葉が多少偏った意見でも、責める程ではない。ただ。

「考え方の違いだな。彼を知り己を知れば百戦殆からずという言葉もある」

「何ですか、それは」

「異民族だからと言って侮だけではなく、敵だからこそより詳しく調べろという意味かな。戦うにしろ、取り込みにしろ」

「そんなものでしょうか」

 彼女は明らかに力こそ正義みたいなタイプなので、敵なら叩き潰せばいいくらいにか思っていないのだろう。明らかに持つ者の思考、強者の論理だ。

「せっかくここまで来たんだ。何か描いていったらどうだ」

「誰が」

「君が」

「何故」

 そう来たか。それに構わず紙と板を渡し、この世界でも存在している多少粗悪な鉛筆を渡す。

 女性はそれをじっと見つめ、俺をもの言いたげに睨みつけてから鉛筆を走らせた。

「これは何の意味があるんですか」

「その辺に転がっている物を持ち帰ってもいいが、引き取ってもらえないと家に変な置物が並ぶことになる。その点絵は描くだけだし、重くもないし、失敗しても破いて捨てればいいだけだ」

「捨ててもいいんですか」

「失敗すればと言った」

 それとなく彼女の絵を覗き込み、思わず顔を逸らす。

 よく言えば斬新、もしくは前衛的。

 現代日本にいたら、画伯と呼んでいただろう。

「何か言いたい事でも」

「いや、全然」

「私は動物とか、そういうものなら」

 俺達の目の前を、茶色の猫が横切っていく。そしてがれきに背をもたれ、毛繕いを始めた。

「・・・・・・描けば良いんでしょう、描けば」

 紙に鉛筆を走らせる女性。ただそれは良くありがちな、胴体から手足が生えているあれ。何故か胴体と手足の間に線が引かれ、かつ目と口のバランスがなんとも言えないあれだ。

「動く、あの猫が動くから」

「動かない猫はいないだろ」

 もうまともに彼女の絵は静視出来ず、肩を振るわしてしまう。この世界に来てここまで笑ったのは、初めてかも知れない。

「笑ってますよね」

「そんな事はふぁい」

「ふぁいってなんです、ふぁいって」

 激しく揺すられる肩。欠伸をして大きく伸びる猫。

 青い空はどこまでも高く、澄んでいた。


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