第3話

 軽く叩かれる背中。

 そちらを見ると100人くらい殺してそうな顔の大柄な剣士が、手にしたグラスを軽く掲げていた。俺も自分のグラスを持ち上げ、それに応える。

 奴が普段俺を散々馬鹿にしているのは知っているし、多少なりとも揉めた事もある。

 だけど俺達は、お互い死から逃れて今という時を謳歌している。だから今この瞬間だけは、紛れもなく心からの仲間なのだ。

「お友達ですか」

「ただの顔見知りだ」

 風来坊、無頼漢、腕っ節ばかりの厄介者。街での扱いは、余程著名な冒険者でない限り同じような扱い。

 だからこうして傷を舐め合い、お互いを認め合う。少なくとも、この時だけは。

「冒険者ギルドに所属はしていても、決して組織だっている訳では無いのですね」

「固定の仲間同士はともかく、結局は商売敵。陥れる事は無くても、助ける義理も無いという奴だ」

「所属している全員が結託すれば、軍に勝るとも劣らないでしょうに」

「そういう事が嫌だから、冒険者をやってるんだろ」

 腕だけ言えば騎士など及びも付かない奴もいるし、宮廷魔道士を小手先でひねり潰す奴だっている。

 飼われるか、自分で餌を見つけるか。とはいえこれは冒険者が好む言い方で、組織に馴染めない人間の言い訳とも言える。

 ただ女性はそういう意図よりも、施政者側で語っただけの気もするが。

「少し固い話になってしまいましたね。申し訳ありません」

「何を話しても困る事は無い。ここはそういう場所で、なんなら王を目指すと公言してはばからない奴もいるくらいだ」

「・・・・・・王、ですか」

「その重責やしがらみを分かって言ってる訳ではない。偉くなれば楽をして、贅沢な暮らしが出来る。それを分かりやすく口にしているだけで」

 そう答え、グラスに口を付ける。

 少し顔に出たな、今。わざわざ指摘はしないが

「ちなみに俺は無事に生き延びて、それなりの財産を得て冒険者を辞めるのが夢だ。今はその日暮らしに近いが」

「仕事を選んでいるのが問題では?」

「危険を回避すれば報酬は得られず、その逆も然り。冒険者など、やる物では無い」

「身も蓋もないですね」

 そう答えてグラスをおある女性。

 俺は猫耳の女給が運んできた追加の酒を彼女へ渡し、自分のグラスを軽く重ねた。

「冒険者なんて、その程度の存在なんだよ。大した事は考えてないし、それでいて夢だけは大きい」

 俺の言葉を受けてではないが、どこからドラゴン退治を宣言する大声が聞こえてくる。まさに大言壮語で、ただそれはこの場所にこそふさわしい。

「明日も、同じような依頼を受けるおつもりですか」

「ああ。飽きたのなら、別行動でも構わないが」

「滅相もありません。地道で決して利益にはつながりませんが、私は好きですよ。こういう事は」

 そう言って改めて酒をあおる女性。金もあって地位も名誉も不要となれば、誰もが同じ事を口にするだろう。

 対してここにいる連中はそうで無いからこそ、自分の命を対価に報酬を得る。俺ほどではないが、決して高いとは言えない報酬を。

「あまり飲み過ぎると、明日に触る。もう少ししたら、お開きにするか」

「分かりました。ではそれまで、私の望む冒険についてお聞かせしましょう」


 結局酒場が閉まる寸前まで飲んでしまい、それでも女性はふらつきもせず店を出て行った。

 俺はそれを見送り、周囲に意識を配りつつ自宅へと戻る。魔石が組みこまれたランプに灯りを灯し、扉に鍵を掛ける。

 後は何も考えずベッドに潜り込みたい所だが、むしろここからが本番だ。

 まずは監視カメラの映像をチェックし、セキュリティシステムの作動も確認。そしてベッドに、俺のダミーを横たえる。

 全て依頼で手に入れたレアアイテムで、半数は現代の技術が使われた物になる。武器の類いは今まで見た事は無いが、これらのアイテムだけでも十分過ぎる。

「問題なさそうだな」

 幾つか設定を変更し、別な部屋のドアをくぐる。

 そこは森の奥深くで、どこからか獣の遠吠えが響いてくる。これもレアアイテムが持つ、特殊な性能の1つ。特定の場所同士をラグ無しに繋げるという、いかにも異世界といった性能だ。

 しかしここで野宿する訳ではなく、別なアイテムを使って再度移動。今度は、先ほどとは違う家の寝室へ辿り着く。

 ここが本来の家の1つ。つまり初めの家はカムフラージュに過ぎず、誰かが訪ねてきても俺のダミーがいるだけ。

 ただあのダミーも簡単な受け答えくらいは出来るので、一応は俺がいるようにはなっている。逆の意味での侵入者避けとなり、また仮に襲撃を受けてもそれはダミーが襲われるだけだ。

「取りあえず、シャワーでも浴びるか」

 これもレアアイテムの1つ。浴槽も手に入れたが、いずれはサウナも見つけたい。



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