第2話

 翌朝。ギルドの前に例の女性が立っていて、俺を見ると爽やかな笑顔で手を振ってきた。男なら好漢、快男子と呼ばれる部類だろう。

「おはようございます。今日も、良い依頼があると良いですね」

「ああ、そうだな」

 おざなりに返事をして、ギルドの扉をくぐる。

 いつものように掲示板の前には冒険者がたむろしていて、どの依頼を受けるか吟味中。その内容如何で報酬は勿論、生死にも関わってくる。慎重であるに越した事は無く、とはいえ検討しすぎてしまえば目当ての依頼は持って行かれる。

 それも込みで、冒険者の醍醐味とも言えるが。

「色々ありますが、選ぶ基準はありますか?」

「安いから引き受けるとか、そういう訳でも無い。とはいえ、やりがいなんて不確かなものでもない」

「奥が深いですね」

 適当に答えただけだとは言わず、誰もが手にしない依頼書を掲示板から剥がす。

 内容は森奥深くでの、薬草採取。問題は、その途中に凶悪な魔物が生息している事。それを倒す必要は無いが、出くわす可能性はいくらでもある。

「報酬は応相談。これこそ、奥が深いですね」

「思ったより大金がもらえる可能性もあるからな」

 やはり適当に答え、受付嬢に依頼書を渡す。

「・・・・・・よろしいですか」

 依頼書と俺を交互に見つめる受付嬢。

 そして隣にいる女性にも、一瞬だけ視線を向けた。また物好きが現れたと言いたげに。

 俺は無言で頷き、依頼書にサインをした。

「期限内に依頼を完遂して頂ければ、当該報酬をお支払いします」

「分かった」

「では、ご武運を」


 街外れの街道から目的地の森へ入り、奥へ進む。この辺りなら獣が出るだけで、狩りをする者も普通に訪れる。

 ただ奥へ行けばこの前の魔羊どころか、俺を頭から丸呑みするような化け物が群れを成している。

 それでも戦わなければ危険は少ないし、今回はそれなりの報酬があると確信している。

 無論ゲーム内の記憶で、またそれは後からでも回収可能。この妙な同行者がいても、それほど問題は無い。

「あなたは単独での冒険を好むようですが、やはりその方が活動しやすいからですか」

「自分のやりたい事をするのが冒険者だと、俺は思ってる。とはいえ人数が多ければ受けられる依頼の幅も広がるから、その方が普通ではあるだろう」

「しばらくは私がお供してお騒がせもしますが、申し訳ございません」

 言葉の割には悪びれる様子がなく、好人物特有の明るさが伝わってくる。身元はまだ不明だが、何の苦労もなくのびのびと育ってきたんだろう。

「今回は出来るだけ戦闘を避け、薬草採取を第一とする。それに危険となったら、依頼を破棄してでも逃げて帰る」

 俺にとって一番大切なのは自分の命で、依頼を果たす事。依頼主の願いを叶える事では無い。幻滅されようと落胆されようと、そこだけは絶対に譲れない。

「つまりは、依頼を果たせば問題ないという事ですね」

「その通りだ」

 そう答えた途端、行く手に大柄な狼が群れで現れた。

 向こうもこちらの様子を窺っていて、進むか退くかといったところ。それは俺も同じ心境で、ここで消耗はしたくない。

「失礼」

 真横から聞こえる轟音。

 女性の放った矢が狼の足下に突き刺さり、群れはすぐにきびすを返して消え去った。

「申し訳ありません。戦うよりもと思いまして」

「いや、助かった。あの数なら、こちらも無事では済まなかった」

「私もいざという時はためらいませんが、無闇に戦う必要も無いですからね」

 垣間見える思想、信念。

 ただ俺のそれとは、おそらく異なる。とはいえ異なろうとどうだろうと、戦闘を避けたいのは俺も同じ。

 だとすれば彼女が何を考えていようと、関係はない。

 

 森を奥へ進んでいくと、徐々に気配が濃くなっていく。あくまでも感覚の話であり、またそれが必ず共通した認識でもないので説明のしようも無い。

「嫌な感じがしますね」

 ぽつりと呟く女性。俺と同じかはともかく、何かは感じ取っているよう。実際この辺りから、魔物の脅威度は一気に増してくる。

「何が出るか分からないから、注意するように。危ないと思ったら、俺は逃げる事を優先する」

「その時は私を置いてでも、ですよね」

 相変わらずの良い笑顔。俺への信頼なのか、自身も逃げ切れると思っているのかは読み取れない。

「1匹くらいなら戦っても良いが、数が多ければ勝ち目はない。そういう場所で、そういう魔物がいる」

「それだけの危険を負いながら、報酬はあってないがごとしですか」

「それでも、仕事だ」

「勿論です」

 なんとも楽しげな笑顔。そういう表情を浮かべる状況ではないのだが、相応の自身と強靱な精神をしているのだろう。

 羨ましいとは決して思わないが、俺はとはおおよそかけ離れた存在だとは強く感じる。


 幸い魔物と真正面から出くわす事は無く、目的の薬草が自生している場所へと辿り着く。季節に関わらず育つ薬草で、ここまで来れば後は見つけるだけだ。

「これですか?」

 女性が摘んだのは、淡い青色の花。端が少し白くなっていて、微かな澄んだ香りが漂ってくる。

「間違い無い。取り過ぎても良くないから、これに入るだけ取ってくれ」

 小さな袋を近くの木の枝に掛け、俺も自分が摘んだ花を中へ入れる。後はこれ一杯に入れれば、依頼は終わり。難しい事は何も無い。

 薬草を摘んでいると、俺を監視するような視線を常に感じる。側で摘んでいる女性ではなく、木々の間やその木々の上。

 魔物では無く、それが人であるのは俺にも理解出来る。

 女性の関係者なのは間違い無く、かなりの本気度。彼女の背景の大きさが窺い知れる。

 当の本人は喜々として薬草を摘んでいて、それを分かっているのかは不明。もしくはもっと単純に、俺自身への警戒か。


 薬草を摘み終え、無事に街まで戻ってくる。その足でギルドへ向かい、受付に提出する。

「無事依頼が完了したようで、何よりです」

 普段通りの、事務的な対応。

 俺はささやかな報酬を受け取り、受付を後にした。

「食事代、といった所ですか」

「ああ。初めの1杯をおごるくらいの余裕はあるが」

「是非とも、お供します」

 昨日の胡乱な店ではなく、冒険者ギルドが経営する酒場で祝杯を上げる。

 薬草を採って帰ってきただけだが、一歩間違えれば死ぬ可能性があったのは確か。俺からすれば、祝うに値する依頼だった。

「いつも思うのですが、皆さんは非常に刹那的ですよね。死ぬ思いで帰ってきてすぐに、その報酬をこうして散財。勿論全てを使う訳では無いでしょうが、あまり自制しているようにも見えません」

 自分で冒険者を名乗っておきながら、この台詞。貴族、もしくはそれに類する類いか。

「死ぬ思いだったから、だろ。俺達がこなした依頼でも、一杯飲みたくなるくらいだ。それが果て無き迷宮や魔物の群れと戦ってきたとなれば、酔いつぶれるまで飲むのも仕方ない」

「だったら冒険者を辞めれば、という話では無いのですよね」

「そういう危険が癖になっている奴もいるだろう」

 死から逃れた開放感を味わいたくて、命を対価にする稼業を続ける。まっとうな人間からすれば眉をひそめたくなるのは無理もない。

 とはいえ俺も、冒険者の端くれ。同業者から馬鹿にされていても、その心情は共感している。

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