ささやかな報酬

雪野

第1話

 冒険者ギルドの依頼は、受付横の掲示板に依頼書で確認が出来る。

 ゴブリン退治、ダンジョンでの魔石採掘、貴人の護衛等。

 報酬は難易度に応じて異なり、困難である程高くなっていく。

「こんなの、誰が受けるんだよ」

 依頼書を一瞥して舌打ちする、年配の冒険者。

 それも道理で、依頼と報酬が釣り合っていない。

 依頼の内容は、村を襲う魔羊の討伐。それに対する報酬は、一晩の宿とわずかな金銭。

 ただこういった依頼自体は、決して珍しくは無い。理由は単純に、高額な報酬が払えないから。

 それ故この手の依頼は放置されるのが常で、依頼書は期限が来た時点で剥がされる。その後の依頼主がどうなったかは、知る術もない。

 俺はその依頼書を剥がし、受付へと持っていった。

「・・・・・・よろしいですか」

 依頼書と俺を交互に見つめる受付嬢。

 俺は無言で頷き、依頼書にサインをした。

「期限内に依頼を完遂して頂ければ、当該報酬をお支払いします」

「分かった」

「では、ご武運を」

 

 装備を揃え、依頼書に書かれた村へと辿り着く。かろうじて昼過ぎに到着する事が出来て、上手く行けば今日中に依頼を終える事が出来そうだ。

 村長を名乗る初老の男性に事情を聞き、魔羊が出るという森へと向かう。ただあまり期待をされていないというか、あの報酬で依頼を受けた事へ逆に驚いている様子。

 ギルドへの依頼は駄目で元々というか、村人へのポーズなのかも知れない。

 森に入った途端、嫌な気配がまとわりついてくる。それが魔羊によるものなのか、依頼への緊張感かは分からない。

「ゲェーッ」 

 嫌な鳴き声がしたと同時に、大きな蹄が頭上から振り下ろされた。

 それを剣でいなし、横へ逃げる。そこへ角が突き立てられ、脇腹をえぐられそうなる。

「せっ」

 剣を逆手に持ち替え、そのまま喉を貫く。そしてすぐに引き抜き、胸元を割いて心臓をえぐり取る。

 魔羊という名前の理由は、妙に姿勢の良い死体を確認すれば分かる。明らかに二足歩行で、確かに魔羊と呼ばれるにふさわしい。。

 幸い単体のようで、依頼はこれで完了。後はギルドへ耳を提出すれば、それで終わりだ。

 村長へ倒した事を告げると、なにやら口ごもられた。

 どうやら報酬として約束していた、わずかな金銭すら払えないとの事。通常ギルドへ前払いのはずだが、この手の依頼では良くある話。

 依頼主、そしてギルドが冒険者の善意に付け込むというのは。それが故意かどうかは、悦にして。

 やがて日が暮れ、街へ戻る事も難しくなったため空き家で一泊する。さすがに夕食は出て、酒も付いてきた。

 なんとなく匂わされた村娘の接待を断り、朝になった所で村を出る。報酬代わりの野菜を背負って。


「無事依頼が完了したようで、何よりです」

 俺が提出した耳を確認し、ギルドが受け取っていた報酬を渡してくる受付嬢。依頼書に書かれていた額の1/10にも満たず、酒が1杯飲めるかどうかだ。

 契約不履行で訴える事も出来るが、ギルドと対立するのは得策ではない。それよりも、恩を売ったと考えた方が良い。

 依頼主は安価に問題を解決出来て、ギルドは清廉潔白な組織であるとアピール。

 俺も善意に満ちた持ち主で、侮られはしてても決して悪い目で見られる事は無い。

 誰も損をしない、虚実の入り交じった依頼が1つ終わった。

 その足で路地裏へと向かい、奥へと進む。スラムという程ではないが見るからに治安が悪くなり、怪しげなやりとりをしている輩が時折目に付く。

 念のため腰の剣に手を掛けながら歩き、目的の場所である建物へと入る。

 中は寂れた酒場といった雰囲気で、時間帯が浅いせいか客の姿はない。そもそもカウンターにテーブル席が2つほどという、商売気を感じない内装だが。

「これを」

 俺がカウンターに置いたのは、魔羊の頭に生えていた角。

 薬品や魔術的な材料として買い取られる事はあるが、価値としてはその重さに見合うほどではない。換金に持ち込むのは余程の初心者か、とにかく日銭が必要な者くらいだ。

 角はすぐに持っていかれ、代わりに文字の書かれた紙がカウンターに置かれる。内容は角に対する対価で、莫大な金額と希少なアイテムが幾つか。

 俺はそれを預けると告げ、端数となる額だけ受け取った。


 本来であれば安価で取引される魔羊の角だが、極めて希に特殊な効能を持つ場合がある。ただそれは千に1度どころか、万に1度も満たない確率。

 それ故の破格な換金額だが、決して偶然ではない。

 本来利益にもならない依頼の中に、大きな見返りが紛れていると俺は知っていたから。現世でプレイしたゲームの体験によって。


 この世界に転送され、冒険者にならざるを得ないよう義務付けられ。死の恐怖と飢えに苦しんでいた時、この手の依頼が必ず掲示板に貼られている事に気付いた。

 それがゲーム内における、サブクエスト。それも特殊なサブクエストで、依頼を完了すればレアアイテムや記載されている内容以上の利益が出る事に。

 自分も全てのイベントを覚えている訳では無く、またイベントではなく本当に報酬が準備出来ない依頼が掲載されている事もある。

 だから特殊な依頼だけを受けるのは難しいが、それが結果的にカムフラージュともなっていった。

 報酬の買い取りは基本的にこの店で済ませ、受け取るのはわずかな金銭と気になったアイテムだけ。

 理由は2つある。ろくに報酬も出ない依頼ばかり受けている自分が大金を手にすれば、何かと疑われるし場合によっては襲われる可能性もある。

 また仮に大金を使えたとしても、所詮は異世界。大した娯楽がある訳でも無く、食事も金をはたいたところで大した物は出てこない。つまり金があったところで、使い道もない。

 アイテムは身を守るために幾つか受け取るが、それも最小限。対外的に見せている自分の振る舞いで、分不相応な物を身につけるのは大金を持つのと同じ事だ。

 

 ただ受ける依頼自体はそれほどの危険は無く、その部分だけは自分の身の丈に合っている。迂闊に背伸びして正規の危険な依頼を受けるより、余程安全。

 大事なのは生き延びる事で、自分の面子や対面など生きて行く上で何の役にも立たない。

 この世界で生きてく目的も意義も見いだせはしないが、そんな事を考えるのはどこかにいるだろう勇者や賢者達に任せておけば良い。


 一応酒場の体も成してはいるので、酒と食べ物を頼む。

 ここは素性の良い連中が来るような場所ではなく、お互いを詮索しないという暗黙のルールもある。何があって自己責任、という事も。

「隣、よろしいですか」

 声を掛けてきたのは、剣士風の若い女。かなりの長身で、バランスの取れた体型。顔立ちは、美人と言って良い部類だろう。 

「どうぞ」

 断る理由はなく、ただそれとなく身体は彼女の方へ半身になる。

 女性が座っているのは、俺の右側。足を振り上げれば剣の束を押さえられ、俺は左手で剣を抜いても良いし、手にしているフォークを使ってもいい。

「実はあなたの事を探していまして」

 恐縮気味に話し始めた女性は、運ばれてきたジョッキに口を付けてそれを俺に向かって差し出してきた。

「冒険者ギルドで、無償に近い依頼を数多く受けているとか」

「難しい依頼は苦手でね。確かに報酬額は微々たる物だが、失敗しても罰則はないし成功すれば食事代くらいにはなる」

「ご謙遜ですね。こうして相対しても、あなたが相応の腕前というのは分かるつもりです」

「そうかな」

 無論自分でも、その辺の冒険者に後れを取らない位の自信はある。ただ二つ名があるような連中、他国にもその名が響き渡るような奴らとは雲泥の差。

 多少腕が立つ程度の、どこにでもいる冒険者の1人でしかない。

「あなたの崇高な姿勢に感銘を受けまして、是非とも今後の冒険に同行したいのですが」

「それだと、ただでさえ少ない分け前が半減するだろ」

 即座に断り、2杯目の酒に口を付ける。

 こういう手合いは、今回が初めてではない。また俺にすり寄ってくる理由は様々だ。

 今言ったような、その振る舞いに感銘を受けた。宗教的な教義に合致する、善人ぶる事での利益を教えてくれ。何か裏があるんだろう。

 ただ数回一緒に依頼を受ければ、すぐに悟る。

 何の得もなければ、大した損もない。退屈な依頼を受け、わずかな報酬を得て、ギルドに戻って笑われる。

 崇高な理念とはほど遠い、単調で退屈で淡々とした行程の連続。そこに価値を見出すのは、理念を抱くほど難しいだろう。

 またそういう連中と組む場合は、レアアイテムを回収しないのが鉄則。例えそれが生き返りの秘薬だとしても、大事なのは今を生きる事。

 今の生活を秘匿し、貫く事だ。


 女性は笑顔を浮かべたまま、カウンターに革袋を置いた。

 そこから金貨が数枚こぼれ、しかし俺も奥にいる店主も反応はしない。無論相当の額なのは分かっているが、そういう心情を表すような日々を過ごしてはいない。

「多くを語る事は出来ませんが、私はそれなりの財産と立場があるとだけお伝えしておきます。つまり私自身への報酬は不要ですし、地位の名誉も求めてはおりません」

「ノーブレスオブリージュか」

 小声で呟き、心の中で失笑する。それは決して貴族の義務でも無いし、誇り高い行為でもない。

 持つ者の驕り。持たざる者への侮りだ。

「分かった。疑っていた訳ではないが、俺が何か意図を持って行動していると思っている奴が多くてね。無論俺も善意だけで行動している訳ではないが」

「ご謙遜を。では明日より行動を共にするとして、今日はその前祝いと行きましょう」

「ああ、ちょっと場所を変えようか」 

 カウンターに代金を置き、女性を促して店を出る。

 代金は普段の倍。この女の素性は、いずれ調べ上げてくれるだろう。


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