第一話 真実の書架

その本は、静かに語る。


誰にも届かない声で、

まるで自分の人生を振り返るかのように。



ここは、ネクロ・ライブラリウム。

通称――死者の図書館。


死者の魂が集まり、

自らの人生が綴られた“記録”を読む、最期の場所だ。


僕、ライルは高校を卒業したあと、この図書館の職員として働いている。

なぜ、“普通の”図書館じゃなくて“死者の”図書館を選んだのかって?


面白い理由なんてないよ。

給料が倍くらい違った。ただ、それだけだ。


僕の仕事は、記録に誤字や脱字がないか、配架する前に確認すること。

とても地味で、地味で、地味な仕事だ。


ちなみに、記録の内容をチェックする必要はない。

なぜって、そこには――

矛盾も、隠しごとも、存在しないからだ。


その人の人生に起きたすべての出来事が、心の奥底まで綴られている。

つまり、記録は紛れもない“真実”。

それが、この世界における絶対的なルールだ。


……今日の記録も、何の変哲もないな。


「ちょっと、ライル!何ぼーっとしてんの?」


「先輩、すみません。集中できなくて」


「まったく。今日の確認、三冊だけでしょ?

 まさか、恋煩いとか〜?」


そう言ってニヤニヤ笑うのは、先輩職員のミレイナさん。

彼女の家系は代々この図書館に勤めていて、今では本部の中枢を担っている。

つまり、エリートの血筋ってやつだ。


「……まあ、たしかに。“恋”には似てるかもしれませんね」


「はぁ?あんたってほんと不思議くんだよね〜」


いつもと変わらない会話をしていた――

そのときだった。


入口の扉が静かに開き、ひとりの男が受付に現れた。

男は無言で、自分の名前が書かれた身分証を差し出した。


『ケイ・レナード』


その眼差しに圧倒された僕は、思わず立ち上がる。

慌ててその名の記録を探し出し、棚まで案内した。


男は静かに腰を下ろし、

目の前に置かれた本を手に取る。


ページをめくる音と、時計の針の音だけが、

図書館の静寂に、淡々と響いていた。



そして――数十分が経った頃、

その音が突然、途切れた。


ページをじっと見つめたまま、

低く、怒りを押し殺したような声で、

男は言った。


「この記録は、嘘だ。俺は――殺された」



その言葉に、僕は一切の疑いを抱かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつきりの綴り部屋 @1page_a_day

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ