第一章

 足りない。足りない。足りない。足りない。

 何かが欠けている。

 飢餓のような。睡眠不足のような。疲弊のような。喉の渇きのような。――嗚呼

 むしゃくしゃする

 理性的でありたい。人間サルのようになりたくない。

 道具ヒトでありたい。そのために生まれ、消えるような。

 怪物ヒトでありたい。それしか出来ない、それ以外ではありえないような。

 ヒトでありたい。善悪のクソのような二元論などない、ただの現象のような。

 なのに。なのに。

 苛立ちが抑えられない。体が爆発しそうな錯覚さえある。

――――

 何言か、聞こえた気がした。

 命令か。冗談じゃない。今更もう、人間になんて従いたくない。

 肯定か。ありえない。これを何かに、誰かにぶつけるなんて、そんな人間の真似なんてしたくない。

 破裂しそうな、零れ落ちそうな眼球が捉えたのは、人間のような何か。なにか。

 ナニカの輪郭。

 手が出そうになる。咄嗟にそれを堪える。

 体が軋んでいる。或いは理性のたがが外れかかっている音か。

 先にかけられた言葉が衝動を後押ししている。ように思えてならなかった。

 暴れていい

 壊していい

 動いていい

 自分の中の凶暴性を肯定されているようなその甘言は、理性をみるみる錆びつかせていく。

――何故、駄目なんだろう。

――何がいけないんだったか。

 ヒトは奪い合うように、そういう形に生まれた。

 怪物ヒトはそう在ることを決定付けられ、恐れられるために生まれた。

 道具ヒトはその役目をただ全うするためだけに生み出された。

 言い訳ばかりがつらつらと、まるでそうなることを望んでいたかのように湧き上がってくる。

 醜い。だからだ。だから人間でなんかいたくないんだ。

「――」

 まただ。また、言葉が染み込んでくる。

 拒絶は出来ず、先程よりも深いところまで入ってきて、より強く体を、思考を蝕み支配してくる。

 もやもやとして形を成さなかった衝動が、輪郭と方向性を帯びていく。

 世界に色がついていく。

 まるで絵が完成していくように。

 なればこそだ

 こんな醜いものは絵には邪魔だろう。

 絵はすべからく、美しいものなのだから。

 命令というのならば、死を望んでくれ。自力ではそれが出来なかったから。

 もう何も、これ以上、穢すことのないように。

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