3章-4(3章終)


「ザハル」


「これは驚いた……よくもここを見つけたもんだ」


「風の精霊が教えてくれた」


「なるほど……やはり、風の王太子を取られたのは痛かったんだな」


 そして、痛みに顔をしかめる。


「だが俺は、風の王太子じゃなくて水の国の右大公のほうを気に入ったのだが、こちらは全然来てくれなかった。俺の何が不足だったのだ」


「不足などではない。水の民の支持を受け、水の民を愛してくることしかしなかった自分は、火の国の民の愛し方を知らないだけだ」


「それは、天理があるからか?」


「天理も関係ない。ただただ、水の民だからの一言に過ぎない」


「俺は、火の国から愛されなかった。だから、あんたみたいな考え方ができなかったのかな。いつの間にか天理に背いてどこまで自分の力で運命を変えられるか、にこだわったのかな」


「ザハル。わらわも水の民に愛されているとは到底思えない。鉄の女だの、散々な言われようで過ごしてきた。そちも言ったではないか。そこまで侮られてもなお、水の国にいるのか、と」


「あぁ。言ったな」


「答えよう。侮られてもなお、水の国にいるのだ。それがわらわの生き方だ」


 ザハルが自嘲の笑みを漏らした。


「そもそも、風の民を吸収しようとしたところから、天理に背いていたということなのか?あの最後の集落を焼け落とした業火は、その最初の兆候だったか」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」


 そういうと、スーインは長剣をすらりと抜いた。


「ただ、一つだけ言うことがある。水の国にとって、そちは危険すぎる。水の国重臣として、そちの存在を許すわけにはいかない」


 そういうと、長剣の切っ先を喉元に突き付けた。


「やめて!このままにしていても、そのうち死んじゃうわ!見逃してよ」


 ネフェルナが間に割って入ってきて、ザハルをかばう。


「手当が的確なら、まだ生き残る余地がある。見逃せない」


「ネフェルナ、下がれ」


 長剣を杖のようにして、ザハルが立ち上がる。


「右大公の言うことはもっともだ。われらは、命のやり取りをする宿命だ。天理に挑戦して敗北したのかもしれんが、最後まで挑戦していってやる。

 そして右大公、俺のものにならないなら、あんたを誰にも渡したくない。風の王太子は消えたが、今後他の誰かが出てくるかもしれぬ。そいつらには、渡さないぞ」


 毒の抜けた穏やかな顔から、あの瞳がキラキラした異様な雰囲気が戻ってきた。


 やはり、反省など天理には効かぬか。

 しかも、人間が考える因果律など無視してくることが多いといわれる天理だが、さすがに風の民に続いて水の国、と手を広げたその所業は、天理も的確にザハルを狙うに値するのだろう。


「ザハル。わらわは誰のものでもない。自分の選択で伴侶を決めているだけだ」


 あなたにも十分な魅力があったのに。


 という言葉は言わないでおくことにした。


 だが、と思う。魅力のない人間とは、このように命のやり取りはしないものだとも。

 アーサーや、イフラームとも違う確かなやり取りを、スーインはザハルにも感じていた。


 剣を振りかぶると、正確に喉を狙い、振るった。


 ザハルもそれに対応しようとしたが、やはり背中の傷が想像以上の深手だったようで、ろくに剣で防御することもできず、スーインが振るった銀の軌跡の餌食になり、どうと地面に倒れた。


「ザハル兄ぃ!」


 その悲鳴のような声が火の国の救援隊を呼び寄せたか。


 わずかな間をおいて、騎馬の救援隊が駆け付けた。

 救援隊が駆け付けて見たものは、明らかに絶命した王と、それにすがりつくネフェルナ。

 この状況では、主が機能しないことが明白で、救援隊はどのように指示系統を取るかで、一瞬動揺した。


 それは凶だったか吉だったか。


「許さない!」


 落ちている長剣をネフェルナが拾い上げ、スーインに向き直る。


 指揮系統を見失い、硬直している火の国の救援隊を横目に、ネフェルナはスーインに突進してきた。


 だが、長剣など振るい慣れていないのだろう、振りかぶりたかったであろう長剣は、胴の辺りを払うような横一線の軌跡を描く。

 スーインはその剣を自分の長剣を振るい叩き落とすと、そのままネフェルナの腹部を突く。


 本気で戦場に乱入するまでの前提ではないネフェルナは、胴を付けていなかった。そんな彼女に対応するのは、百戦錬磨のスーインにはたやすいことだった。


 だが。


「あまい!」


 ネフェルナは、隠し持っていた短剣で、胴のつなぎ目を狙ってスーインの脇腹を突き刺した。


 組み合った二人の人影が離れる。


 よろよろと離れたか、と思ったら同時に地面に倒れ伏した。


「殿下!!」


「ネフェルナ姫!」


 両陣営の声が錯綜する。


 火の王とその側近のネフェルナの二人が死、もしくは瀕死、という状況に立ち至り、火の国側はとにかく救援に徹することに決めたらしく、そうと決めた後の行動は迅速だった。

 火の王の遺骸を収容し、ネフェルナを収容すると、スーインとキリアンなど目もくれず撤収していく。


 キリアンは、スーインを背負って帰ろうとスーインに向かって駆け出す。しかし運の悪いことに、スーインが倒れた側は近くに流れる川に向かって傾斜が付いており、倒れたスーインはそのまま川に向かって転がっていく。


「殿下!殿下!」


 キリアンは必死になって走る。

 陰ながら護衛をしていた剛衛隊の数人も、事ここに至って姿を現し、救援のために走り出す。


 が、間に合わない。


「殿下!スーイン様!!!」


 そのとき。


「どうしたキリアン!」


 騎乗したカイルが姿をあらわす。


「殿下が川に落ちた!川下に向かって馬を走らせて見つけてくれ!」


 カイルは一つうなずくと、馬を川の流れに沿って走らせていった。



**

 火の国の王弟とアリアーナ第一王女の婚姻による和議の申し入れは、水の国の朝議を一時的に大混乱に陥れたが、アーサーとエルディオの粘り強い作戦で数日で持ち直した。


 もともと、長子相続を目指してスーインが多数派工作を行なっていたので、この多数派がこの騒動を収めるにも一役買ってくれた。


 つまり、いくら伝統のためとは言っても、これだけ水の国の主権を脅かしてきた火の国の王弟に頼るべきなのか?と、多数派たちに意図的に囁いてもらい、『火の国に頼るのはおかしい』という世論を形成した。


 左大公家が勢力を保っていれば、これだけの策ではどうにもならなかったであろう。

 しかし、左大公家は、ゼスリーア元王妃の姦通事件で一気に弱体化した。当主の衰弱は進み、代行のセザリアンも正気を失ったことから、存在しないも同然となっていた。

 そのため、今は右大公家の思惑通り水の国は進んでいる。

 本来の国の在り方としては歪んでいるが、非常時にはありがたく、エルディオはこの状況を利用し切る覚悟を決めた。


 火の国に頼らない、という雰囲気ができあがった頃合いを見たエルディオは、火の国からの和議の申し入れの使者が到着して数日経った日の朝議で、最初に動議をかけた。


「宙ぶらりんになっていた、左大公家代行、セザリアンの処遇を定めたい。諸卿、いかがか」


 一部から反対の声があがる。


「よろしい。では、反対の根拠を」


 低い声で、エルディオが反論を促す。


 しかし、左大公家派の脊髄反射のような反対の声だったため、根拠などない。嫌なものは嫌、なだけなのだから、根拠と言われても答えられるはずもなく、ただ沈黙が広がる。


「根拠なし、ということは、反対の意味なしと考えます。したがって処遇を決定したいと思いますが」


 言葉を切り、アーサーへ向き直る。


「国王陛下。私の考えを述べます。

 左大公は老齢と監督不行き届きで引退。左大公代行は精神的不安定を理由に廃嫡。

 これにより、左大公家には継ぐ者がいなくなったため、左大公の爵位は左大公家長女、第一王妃のアスリーア殿下、つまり王家預かりとします。左大公家が司る神事も、アスリーア第一王妃殿下に代行いただきます。

 以上でいかがでしょうか?」


 アーサーは問題ない、と一度大きく頷く。


「問題ない。その様に定めよう。ただ、余からも付け加える。

 第一王妃アスリーアを、王后に。第三王妃のエリシアを第一王妃に昇進させるものとする」


「異義はないか?」


 エルディオが鋭く尋ねる。

 廃嫡とはなにごとか、と抗議をしようと息を吸った左大公派たちであったが、声を発する前にアーサーがアスリーアを王后に立てる宣言を行ったため、彼らの声は永遠に発せられることはなくなった。

 アスリーアの王后への昇進は、左大公家にとっては大きな恩恵のため、廃嫡とバランスが取れた判断だ。セザリアン、ゼスリーアが行った所業を考えればむしろ寛大な処置となり、それを理解した廷臣たちは反対を唱えることができなくなった。


「では、左大公家の処遇は以上。続いて、長子相続の決に入る」


「時期尚早ではないか!」


 さすがに左大公家に親和性の強い一番の超保守派が、声を上げる。


「反論されるのであれば、根拠を述べられよ」


「ひ、左大公家がいないではないか!爵位が王家預かりは承知した、であれば王家から代行をだしてからこのような重要な決を採るべきではないか!」


 窮鼠猫を噛む、のような破れかぶれの理屈だが、一分の理は通っており、エルディオが一瞬詰まる。


 ユーリが助け船を出そうと息を吸ったその時。


「では、わたくしが左大公家の全権代行者となりましょう」


「ア、アスリーア王妃殿下……」


 王家が通ってくる扉から、アスリーアが姿を現した。


「陛下。王家が預かりました左大公家の爵位と権利を、今、左大公家長女のわたくしが代行させていただくのに、問題はございませんでしょうか」


「問題ない。代行せよ」


 意義の声を上げた保守派も、これ以上は言いようがない。左大公家出身の王家の者、それも第一王妃であれば、代理として申し分はない。これ以上の抵抗はかなわなかった。


 アスリーアは礼を取ると、アーサーの左手側に立つ。右大公家とは相対する位置になるため、アスリーアはまっすぐ目をユーリに向けた。


 その堂々たる立ち姿に、ユーリは深い感銘を受けた。アスリーア様はこんなにも、変わられて自分の足で立たれるようになったのだ。

 軽く目を伏せて礼を送ると、アスリーアは口元にわずかに笑みを浮かべ、小さくうなずいた。


 ユーリが立ち上がると、高らかに宣言した。


「それでは、長子相続について、決を採ります。右大公家からどうぞ」


「右大公家は賛成」


 エルディオが静かに答える。

 次は左大公家、と発声しようとしたユーリを、アーサーが手を上げて遮った。


「先に王家が答えよう。王家も賛成だ」


「かしこまりました。それでは最後に……左大公家はいかがですか」


 発言しながら、アーサーが王家の回答を先に行った理由を、ユーリは知った。

 左大公家はいかがか、と尋ねた瞬間、廷臣たちの視線がアスリーアに集中する。


「わたくしは、賛成にございます」


 アスリーアはしっかりと前を向き、高らかに賛成を宣言した。


 水の国に、将来の女王の誕生が約束された瞬間だった。

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