3章-3

 短剣の切っ先がザハルの喉元を掻き切る!と思った瞬間。

 横から現れた護衛の剣が、短剣の行く末を阻む。


 スーインはバランスを崩しその場に倒れる。


 そこに向かって護衛の長剣が振り下ろされた。

 刃先がスーインに届く瞬間。

 護衛が急にスーインに倒れ込む!

 キリアンが走りこんできて、スーインの長剣で護衛を一刀のもとに切り倒したのだ。


 同時に、ザハルの護衛たちが飛び出してくる。

 水の国側もリンとレン、そして見慣れぬが明らかに水の国の者たちが飛び出してきた。


 倒れ込んできた護衛の体をたたき落としながら、スーインは周りを固めた者たちを観察する。


 あれは――剛衛隊。王専属の護衛隊ではないか。

 アーサーの配慮に、スーインは感謝で胸が熱くなった。アーサーの期待に応えるのだ。


 水の国を守る!


 ざっと見たところ、人数と能力は互角。

 おそらく、スーインかザハルか、どちらかが倒れればこの場は決する。


 つまり、最小限の労力で水の国が火の国に圧倒するには、今この場でザハルを倒すことこそが、被害を最小限にしつつ全て終わらせられる最適な場所なのだ。


 ただ、そのザハルに一人、護衛が付いてしまった。自分の場所のみ、圧倒的に戦力が不利。だが、不利などとは言っていられない。


 スーインは、まずはザハルを守る護衛に焦点を絞る。


 首元を狙うと見せかけ、短剣を一閃させる。

 護衛は当たり前のようにスーインの剣を受ける。


 ひっかかったな。


 「はっ」


 水の異能で体内の体内の水分バランスを、狂わせる。


 急激にバランスを崩し、力が抜けた瞬間を見逃さず、短剣で相手の長剣を払う。


 そして倒れたところに短剣でとどめを刺した、その時。


 ザハルの長剣がスーインを襲う!


「スーイン!悪いが命ももらうぞ!」


 ザハルの声に振り返ると、ほとんど勝利を確信した表情のザハルが見えた。


 しまった!時間が足りない。

 護衛の体から短剣を引き抜き、ザハルの剣を受けなければ!

 しかし、一瞬だけ時間が足りない。


 ――ここまでか――

 

 スーインは反射的に目を瞑る。


 が、いつまで経っても――とはいってもほんの一瞬――衝撃が来ないので目を開けると、ザハルとスーインの間に一人、人影が立っているのが目に入った。


 一瞬、キリアンが間に合ったのかと思った。だが。


「イフラーム!」


 ザハルと自分の間にイフラームが、立ちはだかっていた。


「イフラーム!なんで!」


 そのイフラームの胸には、ザハルの長剣が刺さっている。

 

 スーインが絶叫するしかない間、キリアンが走りこみ、ザハルの背中を袈裟切りにしたのが見えた。


 切られた肩を抑え、不利を悟ったザハルは、異能を発動させその場から消える。

 それを見た火の国の護衛たちは、三々五々姿を消していく。


 ザハルの剣が消えたイフラームの胸からは、血がほとばしった。


「イフラーム!ねえ、やめてよ!」


 女大公としての仮面がはがれ、ただの女としてのスーインの悲鳴が響き渡る。


「殿下!ここは危のうございます!まずはご移動を!」


 キリアンの声に、スーインは我に返った。

 手早くマントを裂くと、刺された胸を押さえる。


「イフラームをわらわのテントに!何があっても死なせるな!医官を急行させよ。一旦、戻るぞ!」


「スー……」


 騎士団長としての自覚を取り戻した声に、イフラームが反応した。


「イフラーム!イフラーム!しっかりして!」


「私のことは気にするな……愛した者と……愛した者が選んだ国の未来を……命を懸けて守る、と……決めたのだ……初めて会ったときに……」


「イフラーム!話さないで!」


「スーイン……行け!風の精霊がそなたを導く……風を追っていくのだ……」


 イフラームはあえぐように息を継ぐ。

 しかし、しっかり目を開けスーインの瞳を射抜いた。


「そなたが選んだこの道は、間違ってないのだから」


「イフラーム……」


「行くのだ!」


 スーインは顔を伏せ、一度目をぎゅっとつむり、歯を食いしばるとリンに目で合図して、胸を押さえる役割を変わってもらう。

 そして、立ち上がるとキリアンに歩み寄る。


「もしも、イフラームに万が一のことがあれば、すぐに水の国に送り返せ。火の国に蹂躙させてはならん。そして、この女大公の正式な夫の礼を尽くして、葬儀を出すのだ。そうカイルに命じろ、遺命だ」


「そう、ユーリ殿に伝えるよう、カイルに申し送ります」


「何故、カイル?」


「気が付かれませんでしたか?イフラーム様には、カイルが護衛でついてきていました。事態を見て救援隊を組織しに宿営地に戻りました。今、救援隊を連れて戻ってきているはずです」


「だめだ。二人いるならなお都合がよい。お前とカイルでイフラームを警護して、水の国に戻るのだ」


「ですが!」


「イフラームをあの焼け跡で見つけたのはそちだ。ならば、最後までイフラームに尽くせ」


「そうです。だからこそ、俺はイフラーム様の、国を守る意思を示す殿下を守る、という遺志を継ぎます!それが俺のイフラーム様への尽くし方です!」


 遺命を告げる者と、遺志を継ぐ者。


 視線が絡まりあい、スーインが折れた。


「好きにしろ。ただし手は出すな。こちらはそちを居ないものとみなす」


「承知!」


 キリアンは、リンとレオに、今のスーインの遺命を伝え、間違いなくエルディオとユーリに伝えるよう厳命した。


 二人はうなずくと、レオは救援隊の先導に向かい、リンはイフラームの応急処置を続行する。

 おそらく、救援隊を率いてきたカイルは救援の任務をレオとリンにまかせ、カイルも自分たちを追ってくるだろう。それがカイルという人間だ。


 気が付くと、スーインはあっという間に遠くに進んでいる。

 キリアンは慌てて後を追った。



**

 風の精霊の導き。

 イフラームにそういわれて不安に思った。風の精霊の意思は、水の民の自分にも聞けるのだろうか?

 だがそれは杞憂だった。長くイフラームと一緒にいて少しは風の精霊と親和性ができたのだろうか。「導かれる」感覚のままに進んでいくと、遠くのくぼ地にザハルが体を休めているのが見えた。

 


 ここは火の国領内で、まさか他国の人間がこの場所を見つけるとは思っていなかったのだろう、護衛が少ない。おそらく、深手を負ったザハルを救援するため、何人かは救援隊を差し向けたり、水の国の動向を探りに行ったりしてしまっているのだ、とスーインは想像した。


 「ザハル兄ぃ!」


 そこにネフェルナが登場する。軍装していることから、先ほどはいなかったが、おそらく近くで待機はしていたのだろうと想像できた。


「なんでこんなことに……」


「右大公は強かったよ。想像以上にね。その部下も」


 ややつきものが落ちたような目で、ザハルはネフェルナに答えていた。

 だが、その顔には死相が見え隠れるする。ほっておいても命は燃え尽きそうではあるが、篤い手当てがあれば死をも吹き飛ばすだろう。


 やはり自分の手でとどめを刺さなければならない。


 その心の中の決意を読み取ったかのようなタイミングで、キリアンは預かっていたスーインの長剣を手渡し、正当な持ち主に戻した。


 受け取ったスーインは一瞬キリアンの瞳を見てうなずく。


 そして、最後の死地へと向かった。

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