第8話 絵本の勇者

午後の陽ざしがやわらかく差し込む縁側。

コウはドラちゃんと一緒に、古びた絵本をめくっていた。


絵本のタイトルは――『はじまりの剣士と七つの旅』。

コウのお気に入りの絵本だ。


「すごいね……いろんな町で魔物を倒して、困ってる人を助けて……」


絵は少し色あせているけれど、

描かれている冒険者の姿は、どれも堂々としていてカッコよかった。


「最後には“勇者”って呼ばれるようになるんだってさ……」


コウはぽつりとつぶやいた。


ドラちゃんは「きゅ」と短く鳴いて、絵本のページをちょん、と鼻先で押した。



その日の夕方。

縁側でお茶を飲んでいたおじいちゃんの所に、コウがやってきた。


「おじいちゃん……」


「ん?」


「ぼく……冒険者になりたい!」


おじいちゃんは驚きもせず、ゆっくりと湯呑みを置いた。


「そうか。コウは勇者の絵本が好きだもんなあ」


「うん……! かっこ良いよね!人を助けて、戦って、旅して……ぼくも、あんな風になりたい!」


おじいちゃんは、しばらく目を細めて空を見ていたが、

やがてふっと笑って言った。


「……なら、仕方ねぇな」


「えっ?」


「修行をつけてやる。冒険者になるための、な」


「やったー!!」


コウが飛び上がってガッツポーズする。


「でも、おじいちゃん腰が悪いじゃん。そんなことして大丈夫なの?」


「昔はな、村に出たつ魔物退治もしてたのさ。今でもコウの相手くらいなら問題ないさ


「えっ……おじいちゃんて強かったの!?」


「昔の話だ」


コウは目をきらきら輝かせ、ドラちゃんは「きゅーっ!」と勢いよく跳ねた。




おじいちゃんは、物置から竹でできた軽い棒を2本持ってきた。

「これを訓練用の剣にしよう。“修行”にぴったりだ」とにやり。


コウは嬉しそうに“勇気の剣”を腰に差し、軽く構えた。


「いくよ、おじいちゃん!」


「かかってこい、若造」


そう言って、おじいちゃんも棒を構える。

だが――


(な、なにこれ、全然当たらない……!)


おじいちゃんはひらりひらりと棒を交わし、

ときおり軽くコウの足元や肩をつついてくる。


「間合い…相手との距離をもっと意識してみろ」


おじいさんからしたら、ごっこ遊びみたいなものだったけれど、

村の子供達とのチャンバラしか知らないコウからすれば、「本物」に思えた。


「おじいちゃんって、やっぱりただ者じゃない……!」


「気のせいだ」


おじいちゃんはそう言いながらも、

ほんのすこしだけ、昔のように背筋を伸ばして構えた。


ドラちゃんは、ふたりの間で尻尾を振りながら、

なぜか得意げな顔で“きゅきゅっ”と回っていた。



その日から、朝の庭には新しい光景が生まれた。


コウが庭で木の棒を握りしめ、

おじいちゃんの構えを真似しながら「えいっ!」「やあっ!」と声を上げている横で――


ドラちゃんは、最初の方こそしっぽを揺らして楽しそうに見ていた。


けれど、繰り返される同じ動き。

飛んでこない魔物。出てこないおやつ。


「きゅぅ……」


だんだんまぶたが重くなってきて、

草の上でくるりと丸まり、そのまま“ふわっ”と大きくあくび。


「きゅ……」


そのまま、ぺたんと寝転んで、すやすや眠りはじめた。


コウが振り返って言った。


「ドラちゃんも一緒に修行しようよ!」


「……きゅー……」


寝言のように、かすれた声をもらして小さく寝返りを打つドラちゃん。


おじいちゃんはそれを見て、ふっと笑った。


「まあ、あいつは剣を待てないしな」


「むぅ〜……いいもん、僕だけでがんばるから!」


風がやさしく吹き抜ける庭先に、

コウの元気な声と、ドラちゃんの小さな寝息が重なっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る