第9話 収穫祭

村に秋風が吹きはじめた頃。

広場は朝からにぎやかな声でいっぱいだった。

あちこちで太鼓の音と笑い声が響いている。


普段は牛や馬が通るだけの土の地面に、今日は色とりどりの布が敷かれ、

手作りの屋台や野菜かごが並んでいる。


村のおばあちゃんの焼き菓子屋台では、甘くて香ばしい香りがふわりと漂い、

その隣のおじちゃんの焼き芋コーナーからは、ほくほくと湯気が立っていた。


今日は、年に一度の収穫祭だ。



「わぁ〜、あっちでお菓子を配ってるよ!」


「きゅっ!」


コウとドラちゃんも、朝から大はしゃぎ。



広場の一角、木の実とリボンで飾られた手作りの台に、

ひときわ目を引く女の子が立っていた。


ふんわり広がる白いエプロンドレスに、

腰には淡い桃色のリボン。

肩までの髪は陽に透けるような明るい茶色で、

毛先がくるんと跳ねている。


頭には果実の花で編んだ花冠。

にこにこと笑いながら、大きな籠に山盛りの果実キャンディを抱えて、軽やかに動き回っていた。


「はーい、キャンディいかがですか〜!」


明るく元気で人懐っこい。

その姿はどこか“飾らずとも目立ってしまう”輝きをまとっていた。


「はい、そこの君はラズベリー味! あなたにはミント!」


「ありがとうミナお姉ちゃん!」


「ふふ、今日は特別だからね〜!」



コウは、広場のすみに立ってそれを見ていた。


(…ミナ…今日の服、似合ってるな……)


ドラちゃんがしっぽでぺちっと背中を叩く。

どうやら、キャンディをもらいに行こうと誘っているらしい。


「ちょ、ちょっと待ってよ、今は……」


けれど――もう遅かった。


「……あっ! コウ!」


ミナがコウを見つけて、ぱっと手を振ってくる。


「あ、え、うん……」


(うわ、こっち来た!?)


ミナが笑顔のまま、コウの目の前に立つ。


「はいっ! 特別なおともだちには、とっておきの“いちごミルク味”!」


籠の中からきらきら光る飴玉を取り出して、

コウの手のひらにそっと置いてくれた。


「あ、ありがとう……」


目を合わせたら、顔が熱くなる気がして、

コウは視線をそらしながら、お礼を言った。


その様子を見ていたミナが、くすっと笑う。


「どうしたの、コウ。もしかして照れてる?」


「べ、べつに……照れてないし!」


ドラちゃんが「きゅきゅっ」と笑うように鳴いた。


「……もう、ドラちゃんまで笑わなくていいよ……」





コウは、村の子どもたちと一緒に出し物「勇者ごっこの剣舞」に参加することになっていた。


「ドラちゃんも来てよね。応援してね」


「きゅっ」


ドラちゃんはうなずき、コウの後ろにぴたりと寄り添った。



昼すぎになると、子どもたちによる“勇者剣舞”の時間がやってきた。


コウは“勇気の剣”を手に取り、

村の人たちの前で、練習してきた剣さばきを披露する。


「やあっ! せいっ! えいっ!」


動きはぎこちないけれど、一生懸命な姿に拍手が起きる。


……そのときだった。


太鼓のリズムに合わせて――

ドラちゃんが突然、ぴょんっと跳ねて踊りだした。


「きゅっ! きゅきゅっ!」


くるりと回って、しっぽをふりふり。

会場の子どもたちは大歓声。


「ドラちゃん、すごーい!」


「踊ってるよー!」


もはや主役の座が危うくなっていることに、

コウはちょっぴりむくれながらも、つい笑ってしまった。


「……もう、いいよ。ドラちゃんと一緒なら、それで最高だ!」



祭りが終わりに近づいた頃。

コウがしっぽの先まで疲れきったドラちゃんを抱えて帰ろうとしたとき――


「おい、コウ」


おじいちゃんが、手に何かを持って現れた。


「これをやる。立派に剣舞をやり切ったごほうびだ」


差し出されたのは――


少し縫い目のガタついた、けれど真っ赤で立派な“冒険者マント”。


「え……これ、作ったの?」


「ばあさんの裁縫箱を勝手に借りてな」


コウは無言でマントを広げて、そっと羽織ってみる。


……肩のところがちょっと浮いてる。

裾の糸がところどころ出てる。

でも。

しかも今のコウの体には少し大きいようだ。


「すっごく、かっこいい!」


満面の笑みで、マントをひるがえす。


「大切にするよ!」


「そうか。勇者みたく優しい人間になるんだぞ」


「うんっ!」


コウがマントを風になびかせる横で、

ドラちゃんはぐてぇっと寝そべったまま、「きゅぅ……」とあくびをひとつ。


そのしっぽが、ちょんとマントの端に触れていた。

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となりのドラちゃん 〜勇気の剣と僕の冒険〜 @blueholic

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