第6話 ミナ姫を救え!

「それでは今より、勇者パーティーの出発式をはじめまーす!」


村の広場。

子どもたちが集まって、勇者ごっこが繰り広げられていた。


真ん中には、誰かが家からこっそり持ってきた古びた椅子がドンと置かれ、王の玉座として使われていた。

布をかぶせた籠が宝箱代わりになり、木の枝やホウキが剣や杖になる。

すべてが“それっぽく”工夫された舞台だ。


「わたしはお姫さまよ! 魔王にさらわれるからら、ちゃんと助けに来てね!」


そう言ってポーズを決めるのは、お姫様役のミナ=サナベル。

金色のツインテールに、リボンと花の髪飾り。

ドレス風に巻いたレースの布をふわりと広げて、やる気は満点だ。


「オレが魔王だーっ! 勇者たちよ、かかってこい!」


魔王役の男の子が木の棒を振り回して叫ぶ。

他にも騎士、魔法使い、旅人など、それぞれ自分の役を全力で演じている。


ドラちゃんは強敵のドラゴン役だ。


そして――


「勇者役は、コウがいいと思いまーす!」


「えっ、ボク!?」


「だって木の短剣持ってるし! 本物っぽいじゃん!」


「う、うん……じゃあ、やってみる……」


コウはちょっと照れくさそうに頷いて、

その隣では、相棒のドラちゃんがきゅっと鳴いてくるりとしっぽを立てた。




勇者ごっこは、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。


魔王役の子が派手に倒されて、

森の入口の木のあたりにいる姫が

「助けにきてくれてありがとう、勇者さま!」とお礼を言うと、

勇者が「姫、無事でよかった」と言って姫の手を取る。

そんな幕引きになるはずだった。



しかし――

ミナの姿が、どこにも見当たらなかった。




「ミナー!」

森の入り口で呼んでも、返事はない。


「ミナちゃん、隠れんぼじゃないのに……」

「姫は途中の出番がないから飽きちゃったのかな…?」


コウの心に、不安がよぎる。

「……まさか、森の中で迷ってるんじゃ…」


「きゅ……」


ドラちゃんもしょんぼり耳を伏せて、森の方を見つめている。


「いこう、ドラちゃん!」

「キュイ!」


「皆はここで待ってて!」

コウとドラちゃんは、急いで森の中へ走り出した。


ミナが森を彷徨って、村の人たちから「入っちゃダメ」と言われている場所まで入ってしまったら大変だ。

魔物に出くわして、襲われてしまうかも知れない。

遊び慣れた森を、ドラちゃんと急いで駆け抜けていく。



風に混じって、かすかに聞こえる――


「……たすけて……!」


「ッ!…ミナ!!」




その場所は、小さな泉のほとりだった。

ミナは地面に座り込んで、身動きが取れなくなっている様子だ。


その前に立ちはだかっていたのは――巨大な黒い影。

丸く盛り上がった背中、太い四肢、鋭い爪。

それはまるで熊のような魔物だった。


唸り声が低く響く。

毛皮の下から伝わる威圧感に、空気が震えるようだった。


「ミナ!!」


コウは叫び、腰に下げていた木の短剣を抜いた。


手に握った瞬間、心の奥にふっと火が灯るような感覚があった。


「ドラちゃん、いくよ!」


「きゅっ!」


熊の魔物がうなり、ミナに向かって前足を振り上げる。


コウが飛び出した。

恐怖がなかったわけじゃない。足は少し震えていた。


けれど――


「守らなきゃ……!」


その想いとともに、コウの足が自然と前へ出た。


振り下ろされた爪を、短剣で受け止める!

コウと魔物の体格差は圧倒的だ。

だけど、コウは何故かそれができる気がした。


ガンッ!!


木でできた短剣から出たとは思えない音が森に響く。

たった一撃でへし折れるはずの木の剣が、びくともしなかった。


魔物がたじろいだ。その隙に――


「きゅうっ!!」


ドラちゃんが跳躍し、小さな火球を口から吐き出す!


回転しながら放たれた火の玉が、魔物の視界をかすめる!

熱と光に目を細めた熊の魔物に、コウがもう一歩踏み込む!


(やらなきゃ……!)


握った剣が、すっと手に馴染む。

恐怖が、消えていた。


「うおおおっ!!」


コウの渾身の一撃が――魔物の肩に叩きつけられた。


ズンッ!!


地響きのような音とともに、魔物の体がよろける。


次の瞬間、魔物はくぐもった唸り声を上げると、

草を蹴り飛ばして森の奥へよろよろと進もうとして、途中で力尽きたようだ。



――


「ミナ!」


魔物が去ったあと、コウはすぐにミナの元へ駆け寄った。

彼女は小さく震えなながら、目に涙を浮かべてうなずいた。


「だ、大丈夫……。コウ、ほんとに勇者みたいだったよ……」


その言葉が胸に響いた瞬間――


《コウのレベルが2から3に上がりました》

《全体的にちょっと強くなりました》

《スキル:守護一閃(ガードブレイク)を習得しました》


コウの体が淡く光に包まれる。

手にした“勇気の剣”がほんのり温かくなり、まるで何かに認められたような感覚が胸に広がった。


ふと横を見ると――


ドラちゃんの足元に、草の上で火の輪が小さくゆらめいていた。

さっきまでよりも少しだけ鋭く、はっきりとした炎の輪。

しっぽの先がほんのりと赤く染まり、まるで自分でも気づいていないかのように無邪気に揺れている。


「……ドラちゃんも、強くなってるんだな」


コウがつぶやくと、ドラちゃんはきゅっと短く鳴いて、少し誇らしげに胸を張った。

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