第5話 おもちゃの剣
森の中を、ふたり並んで歩いていた。
木漏れ日が揺れて、草の匂いが鼻をくすぐる。
「へっくし!」
コウがくしゃみをすると、すぐ隣でドラちゃんも——
「……きゅっ、くしゅん」
小さなくしゃみを一つ。
けれど、もう火は出なかった。
「……あれ? 火、出なかったね」
コウが横目で見ると、ドラちゃんは鼻先を前足でこしこししながら、平然と歩いている。
「くしゃみくらいじゃ、もう平気になったのか……」
そう言うと、ドラちゃんはちょんっと尻尾を跳ね上げて、少し得意げな顔をした。
「うーん……なんだか、こっちのほうが果物のすごく良いがするんだよね」
「きゅっ」
森を歩いていたコウとドラちゃん。
コウはスキル「果実センサー Lv1」の頼りない反応をぴこぴこと感じながら、裏山の奥へと足を進めていた。
村の大人たちから「入っちゃダメ」と言われている場所に、既に足を踏み入れている。
けれど今日は、風に乗っていつもより濃く甘い香りがしていて…。
「……ちょっとだけ、行ってみようか」
ドラちゃんがくいっとしっぽを立てる。
ふたりは静かに、奥へと分け入った。
⸻
しばらく進んだ先、ふいに目の前が開ける。
そこは、色とりどりの花々が咲き誇り、小さくて甘そうな果実がぽこぽこと実る、まるで絵本の中のような場所だった。
「……すごい……こんな場所が……」
ドラちゃんは花の間をぴょこぴょこと跳ね、コウは花々と果実の香りに顔をほころばせる。
広場の中央を見やると、古びた切り株がぽつんとあった。
その上に、何かが刺さっているように見える。
「……あれ? 剣?」
近づいてみると、それは刃が丸められた木製の短剣だった。
装飾は何もなく、おもちゃか、子供の訓練用に使われたものなのかも知れない。
コウは手を伸ばし、木刀を引き抜いてみた。
スッ
あっさりと抜けた。
コウは木刀をくるくるっと軽く振ってみた。
予想より軽くて、コウの小さな体でも振り回せそうだ。
「……これ、みんなと“勇者ごっこ”できるじゃん!」
思わずにやっと笑った。
いつも木の枝て遊んでたけど、ちゃんと“剣っぽい”のはこれが初めてだ。
「これがあれば、ぼくが勇者役いけるかも……!」
嬉しそうに木刀を肩に担いで、コウはドラちゃんを振り返った。
ドラちゃんはきょとんとした顔で、木刀をじーっと見つめている。
「どう? 似合ってる?」
「きゅっ!」
コウが楽しそうにしている様子を見て、ドラちゃんも喜んでいるようだ。
そのとき。
ガサガサッ――
木の陰から、小型の魔物――リーフホッグが姿を現した。
果実の香りに誘われたのか、こちらにじりじりと近づいてくる。
「ドラちゃん、後ろに!」
咄嗟に、コウは一歩前に出る。
恐る恐る木の短剣を構えると、少し勇気が湧いてきた。
……すると、リーフホッグは一瞬ひるんだように足を止めた。
空気が少しだけぴんと張り詰めたような気がしたけれど、それも一瞬のこと。
リーフホッグはじっと見た後、くるりと身を翻して森の奥へ逃げていった。
「……逃げた? なんで?」
コウは不思議に思いながらも振り返ると、
ドラちゃんが唸り声をあげて今にも火を吐こうとしていた。
「きゅっ……!」
ドラちゃんの口が大きくに開くと、
ぽっ……
ちいさな火の玉が浮かび上がって、すぐにふわっとかき消えてしまった。
「ありがとう、ドラちゃん。おかげで魔物が逃げて行ったよ」
ドラちゃんはちょっとばつが悪そうにしっぽを下げる。
若干の気まずさを残しつつも、ふたりは静かに森を後にした。
⸻
夕食後、
縁側で木の短剣を嬉しそうに眺めているコウに、おじいちゃんがちらりと目をやる。
「ずいぶん良いもの拾ったな」
「うん!みんなと勇者ごっこするんだー」
「キュイ!」
毛布の中で、ぐるぐる寝返りを打っていたドラちゃんが顔を覗かせた。
「よかったな。…大切にするんだぞ……」
コウの隣に腰掛けたおじいちゃんは、
それだけ言って、お茶をすすった。
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