ファステストフード

 22世紀ともなると、AIやロボット技術が発達したおかげで、面倒なことは全て排除されてしかるべき社会になっていた。

 記帳、統計、健康管理、etc……。

 そして食事もそのムーヴメントの中に含まれていた。


 21世紀がファストフードの時代なら、22世紀は”ファステスト”フードの時代と言えた。

 ファステストフードとは、お客が入店した瞬間にAIが勝手にメニューを決め、席に着いた頃にはもう料理が提供されるというサービスである。

 食べたいものを考える手間も、コミュニケーションも不要なファステストフードは、瞬く間にファストフードを駆逐した。

 全国あちこちに、ファステストフード。有名なチェーン店は入店時に定額1000円を払えばあとは全ておまかせという手軽さで、世界で一番の店舗数を展開していた。

 例えば、今まさに一人の男がファステストフードチェーン店へ入店した。


「ふぅむ、今日は何を食べたいかなぁ」


 自動ドアを通った瞬間、上部についたカメラが男の体をスキャンした。

 身長、体重、年齢、体脂肪率、脳波情報……。

 特殊な電波で男の全身の情報を隈なく読み取り、今一番食べたいものを、AIの頭脳によってはじき出すのである。

 数秒もかからぬうちにスキャンは終わって、発券機のお札投入口が開いた。男は千円を入れた。すると発券機から番号札が発行された。

 番号札には『塩ラーメン 価格1000円 345番席』と書いてあった。

 男はそれを見て、ああ確かに塩ラーメンが食べたかったのだという気分になった。

 番号札な記載された席番号に従って、エレベーターを使い3Fの客席に向かえば、構造だけで言えばネットカフェのような、全ての席ごとに間仕切りが設けられたフードコートが広がっている。

 今日も客は大入りで、皆黙々とファステストフードを食べている。


「ええっと、345番は……あそこか」


 フロアに満ちる美味そうな匂いに食欲を刺激されながら、345番席に向かえば、そこには既に、できたてのラーメンが配膳されてあった。

 男はごくりと唾をのんだ。

 わかめが乗って、ネギは多め。男の好みぴったりの塩ラーメンだ。

 全部の席は壁に向かい合う形で位置している。この壁はフロアの四面の壁と言うわけではなく、図書館の配架のように、フロアの中に何枚も設置された仮の壁だ。その内側には自動コンベアが通っていて、各客席についた自動開閉式の提供口へと、完成した食事を流してくるのだ。


 ここまで、男が入店してから席に着くまでのタイムは、2分と35秒。

 たったそれだけの間に、この店は調理と配膳を終えたのだ。


 男はさっそく、ラーメンを一口啜った。


「うん、美味い」


 コシのあるちぢれ麺は卵色にツヤめいていて、海鮮ダシが良く取れたスープはこがね色に輝いている。よくほぐれたあさりの身が食感に楽しみをもたらしている。わかめとねぎという、あっさり系トッピングも、非常にあっていた。

 これほどまで本格的なラーメンがものの2分で出来上がったのだ。人には決して真似できないようなことを可能にする力こそ、22世紀の技術である。

 ファステストフード店と言うのはどこも超高性能のAIを使っている。AIは22世紀の社会に蓄積されたメタデータを活用し、『この時間帯によく売れる注文』、『もし売れなくても他の注文に流用できる食材』というのを把握しながら、いつもお客が来るよりも先に調理を開始している。この時間なら何かのラーメンは売れるから、麺をまとめて茹でておくといった風にだ。

 さらに、超高性能のロボットアームが、超高速で超精密に調理をするから、極限まで提供時間を早められる。

 悲しい事であるが、もはや熟練シェフの職人技と言うものはロボットアームに全てコピーされつくしてしまって、下手に人が関わらない方が料理は美味いというのが現代の常識だ。

 ミクロン単位で均一にカットされたネギ……その日の温度や湿度を小数点第三位まで計測して考慮に入れ、完璧な時間で取られたダシ……。

 このファステストフード店には1Fのバックヤードに厨房がある。

 そこには、事情を知らずに見れば、無人の食品工場かと思うような光景が広がっている。

 無機質な白い腕たちは文句ひとつ言わず、仕事や趣味に忙しい22世紀人たちの食生活を支えているのだった。


**


 さて、そんな時代、ファステストフードチェーン店のシェアNo1を誇る企業が、あるプロジェクトを立ち上げた。

 高級路線として、究極のファステストフード店を作ろうという計画だった。

 社長室にて、社長と企画部部長が話していた。


「それで、わが社が目指すべきなのは、もっとファストでノーコストな食事体験なのだ。それこそが、この世で最もエクスペンシヴな食事に違いない。食欲がわいたとき、何を食べようかも茫漠と定まらないとき……わが社の店に足を運ぶだけで、深層心理の中から見抜かれた最も食べたいものが、席に着いた瞬間出来立ての状態で提供される。これは歴史上のどんな高名な王様も英雄も、味わったことのない食事だろう……」


 有能で、人をおだてることにも長けた企画部部長は、うやうやしく頷いた。


「おっしゃる通りです社長。ですのでただ今、傘下のAI開発企業に、これまでより遥かにハイグレードなAIを発注しております。またうちの情報管理部には、さらに大規模な顧客情報管理システムを作らせております。将来、社長のおっしゃる究極の店がオープンした暁には、近隣に何十台も監視カメラを設置し、入店する前からお客様情報を特定して分析し、先んじてAIがメニューを組み立てられるようにします。そうすればどんなフルコースも、社長が理想とする形で提供することが叶うでしょう」

「素晴らしい。お客様から一分一秒も奪わないのがわが社の理想だ。ぜひその方向で企画を進めてくれ。あぁそれから勿論、料理の質の方も損なってはいかんぞ。当然、今までのどの店よりもハイクオリティな料理を出さなければならない。そこのところはどうなっている」

「ええ社長、その点も問題はございません。今回の新店舗建設に当たり、その裏手に超巨大ドーム型農産畜舎を建設する計画も、順調に進んでおります。牛、豚、鶏、魚に大豆、あらゆる野菜……様々なブランド食材を店舗の真裏のドームで育てるのです。そしてドームから直接繋がった搬入路から、注文が入り次第食材を調達します。食肉なんかも絞めてから、1時間以内の調理が可能となる見込みです。まさに産地直送の極み。我が社の調理技術は既に折り紙つきです。そこに食材の質と鮮度が合わされば、どこにも負けない料理ができるでしょう」

「完璧だ。まさに、私が思い描いたアルティメットな食事体験だ。ああ今日まで脇目もふらず、ファステストフード経営を突き詰めてきてよかった。このプロジェクトが完成すらときには、人類四千年の雄大なる食事文化の歴史の中に、私の名が刻まれることとなるだろう……」


 社長は恍惚と語った。それほどまでに、彼はこの事業に熱を上げていた。

 彼はかつて三ツ星シェフを志していたが、人間より高度なロボット調理が普及したときに心折れてしまい、この事業を始めたという過去を持っていた。

 愛憎入り混じる食文化への執着の果てと考えれば、こんな具合になるのも無理はなかった。

 幸い、どれだけ大きな青写真を描いても、この時代の食事を席巻したファストフードチェーンの資本があるから、問題はなかった。小村ひとつほどの土地を買い、巨大なドームを建設し、10階建ての店舗ビルを作っても、会社が傾くどころか、お客の期待も高まってさらにチェーン店事業が儲かり、黒字が増えるほどだった。


 そして、数年後。

 ついに究極のファステストフード店が完成した。


**


「ようこそ、おいでくださいました」


 外装はまるで三ツ星ホテルであった。

 ベージュの外壁がすらりと天まで延び、窓は全て金枠で縁どられている。

 黒服アンドロイドたちが入店口前のレッドカーペットの脇に控え、来店されるお客様を出迎える。まず目の当たりにするのは、豪奢なシャンデリアや燭台が連なるロビー。空調、BGMはもちろん完璧。人間工学と統計学に基づいて設計された最高の環境。

 客席フロアへはエレベーターを使う。各階、赤の絨毯の上に白の円卓型テーブルがいくつも用意されている。そうしてお客様が席につけば、その途端、ファステストフードの醍醐味、何も言わずとも理想のフルコースが出てくる、食事体験の始まりだ。


「お待たせしました、前菜、夏野菜のマリネです。お客様の好みに合わせ、トマトとイカを抜き、酸味を控えめにしております」

「お待たせしました、真鯛と本鰹の和風スープです。お客様のご出身地の郷土料理に寄せて、特別にキュウリを加えております」

「お待たせしました、主菜、黒豚のリブロースステーキです。お客様が必ずお気に召すだろう赤身と脂身の比率を持つ豚を、畜産ドームより選別しました。絞めてから45分しか経っていない、最高の鮮度でのご提供となります」


 アンドロイドウェイターが、最少かつ最大限に期待をそそる言葉を添えて、メニューを運んでくる。


 店内には無数のスキャナーカメラが隠されている。逐次お客の身体情報をスキャンすることで、今食べたいものや満腹度合いを監視している。おかげでもっともふさわしいタイミングで、アンドロイドウェイターたちはメニューを提供することができた。

 ワインだって注文不要だ。お客の好みからはじき出された最高級品のペアリングが、ベストなタイミングで注がれる。勿論未成年ではソフトドリンクに置き換えられる。


 店内は厳かな賑わいに包まれていた。静かだけど、物淋しさはまったくない。

 それは誰もが目の前の食事と味わいと、連れ添った大切な人との語らいにだけ、集中することができるおかげだ。

 何も言わずに伝わるのが最上のコミュニケーションだというのは、かの文豪、サンタメリーの言葉。

 どうやら人間のウェイターはその点で、もうアンドロイドウェイターに敵わないらしい。

 例えば接待で利用したお客には、接待相手が一番好きな料理が、全員に振舞われる。「これは美味しいですね」なんて、共通の話題を作るためにだ。

 また恋人をもてなすためであれば、席へ案内するときにさりげなく、提供予定のメニューの蘊蓄を記したリーフレットが渡される。「このワインは15世紀、フランスのブルゴーニュで生まれたもので……」なんて、博識を披露することが可能だ。

 高級レストランにありがちなマナーのストレスだって、ちょっと困った顔をした瞬間にウェイターがやってきて、「よろしければ切り分けましょうか」「よろしければ食器を変えましょうか」なんてフォローをしてくれる。

 料理の知識も、御堅いマナーも、ここにおいてはもはや必要なかった。


 そしてお値段の方も(21世紀ごろの三ツ星点なんかに比べれば)お手ごろなのが、この店の強みだった。アンドロイドのウェイターやシェフには継続的な人件費がかからない。食材の調達費も畜産ドームのおかげで格安に抑えられている。中流家庭だって少し気合を入れれば訪れることができた。

 だから繁盛した。口コミが口コミを呼んで、人生で一度は行くべきだと、評判になった。

 例の社長は滂沱の涙を流して喜んだ。


 そして、運営が軌道に乗ってきたある日──。


 **


 エヌ氏は、家族を連れて店を訪れた。

 幼い娘と息子が二人と、美しい妻が一緒だった。

 今日は休日。たまには家族サービスと張り切って、遠路はるばるここまでやってきていた。

 しかし、エヌ氏はどこか浮かない表情だった。前を歩く妻と子供たちに気づかれないようにしつつも、三人のうきうきした表情に比べると、なんとなく陰りがあった。

 それもそのはず、エヌ氏には秘密があった。今まで親にだって妻にだって、明かしてこなかった秘密だ。

 エヌ氏は秘密を抱えながら、今日まで一生懸命に生きてきた。自分の本性が明るみに出てはならぬと、人一倍他人の目に気をつかって働いてきた。それが功を奏して、なかなかの社会的地位を得られたともいえた。

 エヌ氏はこの店を訪れることにしたとき、すこし危ぶんだ。自分の秘密がばれるかもしれなかったからだ。しかし、食べたいものが何も言わず食べられるなんて言うけれど、まさか、本当になんでもと言うわけあるまいと自分に言い聞かせた。前から子供たちはここに行きたいとせがんでいたし、理由も話せないのにダメというのも気が引けた。


 アンドロイドウェイターの案内に従って、三階の客席につく。

 さっそく、最高の食事体験が始まった。

 エヌ氏や家族が何も言わずとも、最高級のオレンジジュースと、極上の赤白ワインがグラス一杯ずつと、みんなでつまめるフルーツのカナッペが提供された。


「わあ、おとうさん、ほんとにすぐ料理がでてきたよ。すごいね、おいしそう」

「あなた、この白ワイン、私が大好きな銘柄だわ。さすが、評判通りね」

「ああ、そうだな」


 エヌ氏は最初に提供された料理を見て、ほっと一息ついた。

 なんだ、やっぱり大きな杞憂だったと安心しながら、ひとときの家族の団欒を楽しむことにした。


 **


 同時刻、食材調達用の畜産ドーム、三階の食肉用家畜フロアにて。

 ここには、主菜の材料となる、黒豚や和牛、ブロイラーや鴨なんかがところ狭しと飼われている。

 アンドロイドしかいない店舗部分と違って、畜産ドームには幾人か人間のスタッフがいる。

 給餌や排泄物処理なんかは自動化されていても、家畜たちを手懐けたりストレスに気づいてやったりするのは、まだ人間の方が得意だからだ。

 そして、今日も、ドーム内放送からアナウンスが入った。


「F-26号畜舎、A5ランク和牛一頭を調達します」


 天井にはロボットアーム用のレールが碁盤状に張り巡らされていて、さながらクレーンゲームのように三本爪のアームが動き出す。

 ある男性スタッフがアナウンスを聞いて、気だるげな表情で、F-26号畜舎のところまで歩き出した。F-26畜舎に一番近いところにいたのが彼だったから、彼が向かう決まりだった。

 彼はめんどくさそうにため息をついた。

 家畜の監視だけじゃなく、万が一にも機械トラブルがないよう様子を見に来るのも、人間の仕事だ。とはいえ、完璧な機械たちはトラブルなんて起こさない。人間たちは建前の安全基準のために働いているようなものだったから、やるきは総じて低かった。

 彼がF-26畜舎の前に着くと、ちょうど畜舎の壁の一部が開いて、また別のロボットアームが二本伸び出してくるところだった。

 片方のアームが和牛の胴体をつかんだかと思えば、もう片方のアームが注射針を出して、麻酔薬を和牛へ注射した。

 和牛は、モー! と断末魔のようにけたたましく鳴いた。

 そのとき、どうやら別のアナウンスも入ったのだが、鳴き声と重なったせいで彼にはよく聞こえなかった。しかし、気にも留めなかった。

 確認しに来た和牛はちゃんとすぐに麻酔が効いてぐったりしたのを確認したし、和牛を二頭も必要とする注文など入るはずないから、次の食材は他の奴が確認に向かうだろう、と考えたのだ。

 そして天井をつたってきたロボットアームも到着した。

 アームは腕の部分を伸ばし、ぐったりとした和牛を掴んだのち、腕を縮めて天井まで持ち上げる。連れていくのはこのフロアの外部、食肉加工ゾーンである。

 一連の様子を見届けた後、彼は畜舎の鍵を開けて、中にある管理パネルの『調達確認』ボタンを押した。これでシステム上でも、正常に食材調達が完了したという処理が為される。

 これにて仕事はおしまいだ。

 さて、持ち場に戻らなければ、と彼が踵を返したところで、突然、強い力が彼の胴体をがっしりと掴んだ。

 それはさっき和牛を眠らせた、注射針付きのロボットアームであった。

 驚く暇もなく、彼は和牛と同様に麻酔を打ち込まれた。

 非常に強力な麻酔だから、牛のように断末魔をあげることも出来ないうちに、彼は昏倒した。

 それから、天井をつたって別のロボットアームがやってきていた。


 フロアの他のスタッフは、誰も異変に気が付かなかった。


「F-26号畜舎、──を調達します」


 先ほどのアナウンスも、”F-26”の通し番号だけ聞いて、あいつが一番近いから自分は向わなくていいやと、ぼんやりと判断したのである。


**


 エヌ氏には誰にも言えない衝動があった。

 スキャンカメラは、深層心理から正確に読み取っていた。

 最高の食事体験に言葉は不要だった。


『人肉のソテー ~赤ワインソース仕立て』


 お客様のことを第一に考えたAIが、特別なメニューを用意した。

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