幸せの青い鳥
『一家に一羽、青い鳥。幸福が傍でさえずる生活を、あなたに。』
ときは22世紀。
バイオテクノロジーは格段に発達し、生物の品種改良技術も飛躍的に進歩した。
業界の最先端を走るX社はその技術を活かし、ある生物を誕生させた。
カワセミの一種を品種改良し、まったく人間にとって飼いやすくて見目も麗しい、“幸せの青い鳥”を作ったのである。
『こちらの青い鳥は、素晴らしいあなたの日常の伴侶となります……。
まず本能的にプログラムされた飼育に適した習性が、あなたを助けます。例えば、排泄は必ずトイレで行いますし、水皿の場所もきっちり覚えます。もし餌やりを忘れても、ほんの少しだけ高い声でキィと鳴いて、あなたのうっかりを教えてくれます。非常に人懐こく、簡単な芸ならいくらでも覚え、普通の小鳥に比べて三倍も長生き。顔色からあなたの機嫌をよく認識し、落ち込んだ時にはそっと寄り添い、気分のいいときには肩に乗って、一緒に幸福を感じてくれるのです……』
このように、まったく人間ファーストで作られたのが鳥で、一部の環境保護団体などは自然への冒涜だと批判を行ったのだが、この鳥は生まれつき人に愛されることを前提に生まれた品種であるから、人の手を放れ自然界で生きていくことはできず、むしろ自然に放つとすぐ死んでしまうような繊細な鳥だったので、もし逃げ出しても生態系に与える影響はないことをX社がデータで示した。それどころか人間に育てられないことがこの鳥にとっての虐待なのだと、飼育環境下におけるストレスデータを示した。
X社はわざと議論を紛糾させ環境保護団体の気を逸らし、その隙に一羽一万円という圧倒的なお手頃さで、一般販売を開始した。
人に必ず懐く育てやすい鳥ということで、幸せの青い鳥は瞬く間に大衆へ普及した。
その結果、社会は一回り良くなった。
犬や猫より手間もかからず飼育コストも安いのに、この鳥は注いだ分以上の愛情をお返ししてくれるからだ。主に独り身世代が幸せの青い鳥を溺愛し始めた。家に帰ったら愛すべき小さな命がいるのだから、ささいな苛立ちや怒りなど気にならなくなるというものだった。帰ったら幸せの青い鳥が嬉しそうに羽をはためかせ、肩に飛び乗ってくれる。それだけで一日の疲れも吹き飛ぶというものだった。
SNSなんかでも。何かが嫌いだ、何かが気に入らないなんて投稿は影をひそめて、代わりに、幸せの青い鳥の可愛い写真や動画がよく拡散されるようになった。
発売した年の社会の幸福度統計も、過去最高の数値を記録した。
21世紀の、スマホが発売した年とは大違いであった。
さて、一旦成功したように見える幸せの青い鳥ビジネスであるが、X社はまだ商魂すさまじかった。
今度は“喜びの黄色い鳥”を発売し始めたのである。
幸せの青い鳥同様、喜びの黄色い鳥も飼いやすく、懐きやすく、安価であることは変わらなかった。しかし、青い鳥に比べて嬉しい時の感情表現が派手であることが、違った。
幸せの青い鳥は嬉しいときに主人の肩に乗り、頬擦りするくらいであるが、喜びの黄色い鳥は嬉しくなるとクジャクのように羽を拡げて踊ったり、主人の頭の上を舞い飛んだりする。
このマイナーチェンジが、青い鳥の購入を渋っていた層にウケた。文明が発達しきった反動で、未来の展望を信じられていた昔と違い、どこか達観した陰気さが蔓延っていた22世紀。無邪気に喜びを表現してくれる黄色い鳥は、人とのかかわりが少なくなる在宅ワーカーを中心にウケた。
そして上手いところが、青い鳥と黄色い鳥は本能的に、仲良く共存できるようプログラムされているところであった。
二種を揃えると主人が不在だったり手が埋まっている間も、二羽はいつも仲睦まじそうに暮らすことができる。コレクション欲求を刺激し、青い鳥の購入層にもアプローチしなおすことができた。黄色い鳥も広く普及した。このころにはもう、かつて反対していた環境や動物愛護団体たちも、密かに一、ニ羽購入し、家で愛で始めていた。
ここまでくれば、後は雪だるま方式である。
次には『静寂の緑の鳥』が販売され、あまり激しい愛情表現を求めず、ただ静かに寄り添ってくれるだけでいい層にウケた。
その次には『無邪気の赤い鳥』が販売され、むしろもっと世話をしたいし、手間がかかってもよいという層のため、可愛らしい範囲でワガママな種が販売された。
こうして世界的な普及を勝ち取ったら、X社は高級路線にも走り出した。
今までの鳥たちよりお値段が張るが、絶妙に今までの種の長所をブレンドし、より飼い主の機嫌を把握することに長けた『至高の金の鳥』も販売されたし、特製の餌が必要になるけれど、今までの種に比べ更に長生きでいつまでも若々しい、『不老の銀の鳥』も販売された。
そして品種改良技術で右に出るものが居なくなったX社は、もっとニッチな需要も勝ち取りに行く。
世界的に個体数を増やした都合上、不意の事故で外に出て小鳥が亡くなったり、野鳥に襲われたりというケースも増えた。それを守るために、猛禽類のように大きな体で、なのに慈悲深い心を持ち、小鳥たちの安全を守り世話も行える、『勇敢の銅の鳥』も販売されたし、いいや私は世話をするより世話をされたい、生活を支えてくれるような存在が欲しいんだという層向けに、先行したどの種よりも遥かに賢く、主人が朝起きる時間に鳴き、シリアルの袋を軽く啄んで机に置いて準備をし、見失ったネクタイを探そうものならどこからか持ってきてくれるくらいに気の回る、『聡明の白の鳥』も販売された。
やがて、ペットシェアは犬、猫を追いつき追い越せという感じで鳥が占めるようになった。他の企業もX社の高度な技術を真似できず、市場は独占状態、次にプラチナ、次にダイヤモンド、と……様々な素晴らしき鳥たちが、誕生していくのだった。
**
時は26世紀。
行き詰った文明の発展に、気が狂った為政者の一人が核の発射ボタンを押し、唐突に核戦争が起こったのが200年前の24世紀のこと。
世界はきっちり滅んだ。
生き残った人類個体もいるにはいたが、文明はすっかり失われ、200年どころか10世紀ほど文明は後退した。歴史的記録も電子媒体のほとんどが壊れ、紙媒体のほとんどが焼けたわけだからあまり残っておらず、人類はマイナスからのスタートを喫し、毎日生き残りたちは汚染した廃都市の中から、空を見上げた。
そこに、彼らにとっての復興の象徴が飛んでいるからだ。
「おうい、今日も神様が飛んでるぞぉ」
「今日も綺麗だなぁ」
「きっと、私たちを見守ってくださってるんだ」
生き残りたちが、皆口々に言う。服も作れず、彼らはみなほとんど裸だった。
そんな彼らの見上げる先に飛ぶのは、虹色の尾羽を持ち、太陽のような翼を持つ、一羽の鳥。
かつての歴史の中では、鳳凰とか、フェニックスとか呼ばれるような鳥であり……。
だいたい300年前の23世紀、ある大企業が、『究極の虹の鳥』として、世界でたった1羽だけ販売した、理知聡明、頑強不屈、不老不死な鳥がいたことを……今となって知るものは、誰もいなかった。
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