別れてから近づくもの、なんだ

「だからさぁ、別れてからあとで距離が近づくことって、ないかなぁ~」

「ないやろ、そんなもん」


 こんなにあっつい夏だというのに、隣の恋愛脳がダルがらみしてくるからめんどうくさい。

 夏休み、共に部活終わり。帰り道の途中のバス停にて、幼馴染と二人、もうそろそろ来るバスを待つ。僕だけ、帰り道のお供にコンビニでアイスを買ったから、指で持って、ぶら下げていた。

 溶けないうちに食べたかったのだけれど、話の腰を折れば、こいつは余計絡んでくるだろうから、やめているのだ。なんと律儀なことだろう、僕。

 そんなこいつがこの前別れたという、バスケ部の元彼氏の話を今回で、もう通算三周目として聞いていた。

 当然、聞き飽きている。


「突然、別れよって言われたんやでー。私ほんっまに、心当たり無くてさぁ……。理由分からん? ほら、体育館一緒に使ってるやん」

「だから、知らんって。卓球部にバスケ部のことなんて分からへんわ」


 僕はそっけなく言い返した。

 めっちゃ嘘であった。

 男子でも、なんやかんや噂話とはしているものだ。そして聞きたくなかろうと、周りから自然に耳に入ってくる。

 だから噂の全容は知っていて、ほんまに聞きたくなかったわと思った。

 その元彼氏のイケメンは、もう付き合ってすぐのうちから、バスケ部のマネに心変わりしていたとか、なんとか。まぁ、付き合ってみたら分かったのだろう、こいつ見た目に反してアホやし、大分うるさいし。もっといえば、友達内でこいつのことを揶揄っていたとか、そういう話まで聞いている。

 勿論、こいつに伝えることは、ない。

 そんな話をするより、聞き飽きる方が何倍もマシやった。


「急に冷めた感じになられてもさ~、私は私なりに合わせたかったし、理由を聞いても教えてくれへんし、どうしたらもっと近づけたんやろ……」

「どうにもならへんかってんやろ。よかったんやろ、別れて。知らんけど」


 熱心に話している最中だったので、真面目な僕は我慢して聞きに徹していたのだけど、そろそろアイスが溶けそうだった。そろそろバスも来そうだった。

 もういいか、と自分で自分に言い聞かせるみたいに思った。


「だからぁ、別れてから逆に、近づくみたいなことを~……」

「ないねん。文章おかしいやろ」

「あるって多分。そう言う話、友達から聞いたことあるし……ちょっと距離を空けたから、逆によかった的な──って、あっ、アイス食べようとしてる、ずる!」


 アイスの袋を破きながら、思った。

 一番いい黙らせ方として、これを買っておいてよかった、と。

 ずっとこのアイス、二個入りって満足感凄いしお得やなとだけ考えていたけど、今日ようやく、これを作った商品開発部の思惑を、僕みたいな陰キャも理解した。

 二本の瓶みたいに並んだアイスの上のリング二つを、指で割る。

 別れた片方を、渡す。


「私にもちょうだ……! ──え、くれんの? めずらし」

「話長いせいで、日本も食べてたら溶けるし、バス間に合わんねん」

「やった。ありがとー!」


 こいつは小学生の頃から変わらないような笑顔を見せて、すぐにアイスを食べ始める。単純さが犬みたいやなと思う。

 僕は猫派やった。

 アイスの味はソーダだった。

 僕はコーラ派だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る