竜狩り
この星には数多くのドラゴンが住まう。
険しい山岳地帯には、岩壁のような肌を持ったファフニールが棲み、海溝に近い海の方では、小さな島の周りにとぐろを巻いて眠るリヴァイアサンが棲み、広大な平野では、九つの首を持ったヤマタノオロチという怪竜が棲む。
彼らはこの星の頂点生物として、日々、のびのびと翼を伸ばし、野生動物たちの命を貪る。
そんな星で、今日も戦う男が一人いた。彼の全身は特殊な機構を仕込んだ、機械の鎧で覆われていた。背中にはこれまた機械でできた、大剣を背負っている。機械の鎧はとある遠くの星で生み出された武装型全身兵器であり、背中のジェットで飛ぶことも、全身の電磁バリアで身を守ることも出来た。
その中でも、両腕の腕甲こそ彼の最大の武器で、そのうち左手はとんでもない剛力を出すことができて、背中の大剣を羽のように自在に振るうことを可能とする。そして右手は掌のところに透明な水晶が組み込まれていて、エネルギーを溜めることで、素粒子砲を繰り出せる。
究極の装備と、極限まで鍛え上げられた肉体により、彼はこの星で唯一、竜よりも強い存在となった。今まで彼が屠ってきた竜の数は数えきれない。ある人々の間では、彼は『竜狩りの英雄』と呼ばれていた。
こんな竜ばかりが棲む星に、もう人はほとんどいない。遥か昔には農村も田畑もあったのだけど、今となっては廃村だらけで、野生化した家畜はいい竜の餌となっている。
それでも彼はこの星に居を構え、孤独な戦いを続けている。
ひとえに、彼を英雄と呼んでくれる人々のために。
そして、夜が開けようとする頃。
潰れた柵と、枯れた畑を踏み越え、今日、竜狩りの英雄が向かうのは、ヤマタノオロチの住まう平野。
まだ数キロは距離があるというのに、既にその背丈は見えている。首を伸ばせば、ヤマタノオロチの体長は200メートルくらいにはなるのだ。
そして、流石は竜の中でも上位とされる感知能力の賜物か、九つの首のうち、いくつかの頭が、近づいてくる彼の姿を既に捉えていた。眼光は鋭く、この距離からでも赤い眼が睨んでいるのが分かる。まだ互いの間合いに踏み込んでいないながら、戦いは既に始まっていた。
機械の鎧の背中に組み込まれたジェットブースターが、熱を持ち始める。もうすぐ、エンジンを吹かすことで一瞬で接近できる間合いへ、踏み込もうとしていた。
ヤマタノオロチの方も、研ぎ澄まされた感覚で、火ぶたが切って落とされるの、を察知したようだ。大きな翼が、背後の山を覆い隠すように拡がり始める。
命のやり取りが始まる──。
彼は力を込めて大地を踏みしめながら、大剣を抜いた。
背中のジェットが炎を放ち、まるで火の翼をはためかせるように、彼は空へと、そして竜の懐へと、突撃するのであった──。
**
「お待たせしました。フルコースのメインディッシュとなります、ネックステーキでございます」
とある地球近郊の、高級居住区画用衛星のレストランにて、ウェイターが小太りの上品な客へ、火加減が抜群のステーキを振舞う。
客は感嘆の息をもらした。
「ははぁ、これはこれはなんともいい赤身の色だ。これほどまで輝くような肉は、見たことがない。さて、このネック肉の産地はどこであっただろうか」
「はい。木星系衛星地帯5-6番区域、食肉用ドラゴン養殖衛星“デルタ”にて、広大な平野でのびのびと放牧され育った、ヤマタノオロチ種のネック肉でございます」
「あぁ、そうだった。ド忘れしていたよ。この店と言えば、竜肉はそこからしか仕入れないことで、有名であるというのにね」
「ありがとうございます。当店のオーナー兼シェフも、強いこだわりを持ってデルタ星の竜肉を仕入れております。その他の衛星の養殖ドラゴンと違い、デルタ星のドラゴンは自然状態に近い環境で育っていますから、やはり、肉が柔らかく旨味も強く……。それに加え、宇宙一の竜狩り職人が手作業で竜を〆ておりますから、業務的に人工衛星からのビームで殺された竜とは、鮮度も違ってくるのです」
「なるほど、なるほど。彼のことは私も聞いたことがあるよ。確か、食肉竜を〆るところそれ自体も、エンタメとして、若者に人気なそうな」
「はい。巷では、竜狩りの英雄として、アイドルのような人気も得ているそうで……」
上客とウェイターはそんな風に、美食の間の閑話を愉しんだ。
恐竜の遺伝子復元から、鳥やマンモスなどの遺伝子を掛け合わせ、生み出された新生物、ドラゴン。最初こそ観賞用の目的で生み出されたわけだが、肉を食べてみると思いのほか味がよく、また勝手に巨大に育ち肉の獲れる量も多い。もともと農地用だった衛星“デルタ”も、儲けのために食肉用ドラゴン衛星に鞍替えした。
さらに、他との差別化を目指し、手作業を売りにするためある国のエリート軍人を『竜狩りの英雄』に仕立て上げた。
結果、衛星中継による毎朝の『竜狩りライブ』は、視聴者数数十万人を誇る、大人気コンテンツとなった。
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