神の言葉
「音楽とは神の言葉である」
「まさしく、その通りだ」
ある天才音楽家と、その友人である天才科学者が、ぼろぼろの研究施設で話していた。
つい一年前、悲しいことに第四次世界大戦が起こってしまった。世界中の至る所で爆弾が全てを焼き尽くし、ほとんどの土地が更地と化した。ここら辺は、奇跡的に焼け残った場所であった。さすがにもう、いかな人類といえど滅亡は免れそうになかった。
辛うじて一命を取り留めた二人は、科学者の案内で、彼が長年勤めていた研究施設になんとか逃げ込んできたのだが、残された時間はほとんどなかった。二人とも、視界は霞み、意識は朦朧としている。食料はいくらか見つけたのだが、気力を振り絞っても、もってあと一週間の命と言うところだろう。
そこで二人は人生の最後に、何かを後世に残そうと話し合っていた。
「私は後世に音楽を届けたい。人類が再び復活するとき、そこに音楽と言う文化が芽吹き直す手助けをしたい」
「うむ。私に、君のような友人がいてよかった。やはり人間の主体は芸術にあるべきだからね。科学は暴力に使われ過ぎたのだと、今になって心から思うよ。最後に私の全ての知識を持って、君の志の手助けをしようと思う」
「ありがとう、友よ。私に一つアイデアがあるんだ、太陽光発電をもとに、恒久的に歌を流す装置と言うものを、作れやしないだろうか」
「いいアイデアだ。この研究施設にはそれを可能にするだけの材料がある。私も工学はいくらかかじってきたから、人生最後の踏ん張りどころだ、全力でそのアイデアを実現してみせよう」
「なんと心強い言葉だろうか」
二人は固く手を取り合って、それから早速作業に取り掛かった。
音楽家は焼け残ったパソコンで作曲を行い、科学者は音響装置の開発に取り組む。
デッドライン症候群とはよく言ったもので、やはり厳密な締め切りが迫っていると創造性は爆発するものだ。自分の死を前にし、二人の頭からは、湯水のようにアイデアが湧き出た。
「なぁ、聞いてくれ。恒久的に長そうとする楽曲に、始まりと終わりはあるべきじゃないと思うんだ。だからループする構成にしようと思うのだが、それで聞き手を飽きさせては元も子もない。そのため喜怒哀楽、好き嫌い、苦しい、寂しい、様々な感情をモチーフにしたアレンジを、互換可能な小節として用意しておき、どうにかそれらを、ランダムに組み合わせたい。なんとかできないだろうか。もう既に、いくつかアレンジの小節は作っている」
「どれ、それぞれの小節を聞かせてくれ。……なんということだ、やはり君の音楽性には、敬服するね。どの小節もメロディーラインは似ているけれど、アレンジごとに全く印象が違うものだね。これならば、機械的に構成を入れ替えても、違和感はなくなるだろう。よし、待っていてくれ、五時間もあれば、そんなプログラムを搭載してみせるぞ」
「流石だ、友よ。まったく君と幼いころに出会えたことが、運命だったよ」
二人はもう気力だけで活動しており、ここ数日、寝てもいなかったけれど、共に表情は活き活きとしていた。
そして、アイデアが生まれてから七日目の朝、二人が夢見た装置は完成した。
それは研究施設の広い中庭の真ん中に設置された。
柔らかな朝の日差しに照らされる装置は、黒い金属で直方体の形に覆われていたから、まるで棺のようであった。
それもそのはず、百年も二百年も雨風や腐食に耐えさせるため、研究施設の中でも最も耐久性に優れた金属素材で外をコーティングしたのだ。その上で、太陽光パネルを天面に設置した。第三次世界大戦が起きた頃とは違い、この時代の太陽光パネルであるから、耐用年数も申し分はなかった。
「さて、それでは、最初で最後の試用テストだ」
「ここで上手く音が響かなくても、共に笑って、眠りにつこうじゃないか」
中庭で二人はぼろぼろの身なりのまま並び座り、科学者がスイッチを手に取った。
七日の不眠不休によって、二人の命は今にも尽き果てそうななくらい疲れていた。でもどちらの表情も達成感に満ちていた。
科学者が、スイッチを押した。
すると、やすらかなメロディが流れ出した。
まるで棺の中で、小人たちのオーケストラが演奏を行っているかのような、素晴らしい音色であった。
二人は言葉なく笑いあうだけで、その満足感を共有した。
そしてどちらともなく、午睡につくように目を瞑り、隣り合って永久の眠りについた。
演奏はそれからもずっと、鳴り響き続けていた。
しばらくして、僅かに雲が朝の日差しにかかった。すると、鳴り響いていたメロディが、少し不安げな感じへ雰囲気を変える。
そしてまた雲が去って、日差しが戻ると、メロディは柔らかな印象へと戻ってくる。
そう、これが二人が最後に組み込んだシステムであった。
最初はランダムにアレンジを組み合わせるつもりだったけれど、それよりもっと聞き手を飽きさせず、共感させる仕組みはないかと考えた結果、二人はこの仕組みに行き着いた。
この音の棺は、周りの環境、天気や湿度、風速を敏感に察知し、音楽を変えるのであった。
**
それから二百年後。
人類はしぶとく生き残っていた。
あらゆるデータや文献を失ったため、水以外のインフラがないような、二十世紀ほど前の文明レベルまで後退してしまった人類社会。
しかし、あの二人が残した音響装置の周りには、この時代においては発達した、集落が出来上がっていた。
音響装置が、しんみりとした音楽を鳴らし始めた。
すると、集落に暮らす、麦わら編みの服を着た人々が、口々に叫ぶ。
「おおい、雨が降るぞぉ。神様のお告げだぁ」
皆が、崩れた研究施設の残骸を使った、石の家の中へと戻っていく。
それからしばらくすると、本当に雨が降り始めた。
音響装置の太陽光発電駆動は、今も健在であった。もう太陽光発電の仕組みを知るものはいないから、ひとりでに音楽で天気を告げる棺の中には、神様が眠っていると集落の皆が信じていた。
家の中で、住人達が外から聞こえてくる、音響装置と同じメロディを口ずさむ。
雨によって外で過ごすことはできなくても、近くに作られた田畑にとっては、恵みの雨となる。
住民たちは神様と共に、雨の音楽を愉しむのであった。
それからさらに数十年後には、別の地方で息を吹き返した文明都市にこの集落が見つかり、侵略され、異教の神を崇めるなと、音響装置が壊されることとなる。しかし、長年響き続けた天気のメロディは奴隷となった集落の住民から、侵略した都市の民族へ、それからまた別の民族へと、受け継がれていくのであった。
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