白無垢
無垢な彼女らのことを尊い犠牲と呼ぶのは、どれほど傲慢なことなのだろう。
大人たちは、何も知らない彼女らに、何も教えないまま、船へと乗せた。
これから彼女らは、遠い異国の地で、花嫁となる。
相手を懐柔するために、美しい花嫁を送る。
こんな原始的な行為が、こんな時代に、国家ぐるみで行われていた。
この計画は、ニュースで全国にも放送されていた。勿論一部の人間から批判が来ることはあった。けれど政府はそれを無視し、強硬姿勢で計画を実行した。
それぐらい、彼の国は脅威であった。
未知の文化と、未知の技術。どれほど高度な文明を持っているかもまだ判然としない、未開の地である。
そんな国と良好な関係を築いていくための政略結婚の駒として、彼女らは育てられた。
まだ小さな彼女らは、外の世界を全く知らなかった。純粋無垢な存在として、彼の国で気に入られるよう、大人と言う存在の汚さを教えられないまま、無菌室で育てられた。健やかな体を持てるよう、美味しい食事と、広々とした遊び場が提供された。そして、幾人かの世話役から、たくさんの愛情を掛けて育てられ、見目麗しく、情緒豊かに成長した。
彼女らはついぞ別れる最後の瞬間まで、世話役の大人たちへ、親愛の眼差しを向けてくれた。
そして彼女らは船へと乗り込んでいった。
別れの場として設けられた、第二応接室にはもう、幾人かの世話役しかいなくなった。それから、ひとりの女が顔を覆いながら胸中を吐露した。彼女らに面と向かって言うことなどできなかった、本心であった。
「本当に、あの子達で良かったのでしょうか。いくら彼の国相手でも、こんな……」
周囲の同僚も、黙って聞いていたが、「だって、あの子たちじゃなくても、女の子なんて、そこら中に……」と女が言いかけたのを聞くと、世話役の中でもリーダーである男が、流石に「おい、不躾なことをいうな」と咎めた。
「あの子たちじゃないとダメだったんだ」
リーダーの言葉に、女も声を荒げた。
「本当ですか。彼の国に、そこまでする必要がありますか。あの子たちは、ここで何も知らないまま、大人になることもできた……!」
「やめろ、考えるな。国の決めたことだ。俺達にはもうなにもできない……」
リーダーは、傷心する女の肩を叩いた。
「あの子たちも、ただ不幸になるだけじゃない。きっと彼の国も、悪いようには扱わない……」
そう、慰めようとしたのだけれど、言葉尻は自然と小さくなってしまった。
本当だろうか。リーダーもそう考えてしまったのである。あんなに綺麗な花嫁たちが、未開の地でどんな扱いを受けるのだろう……。
罪悪感が彼らを蝕んでいた。
世話役たちは皆、彼女たちを愛し、彼女たちに愛されていた。
もう二度と会えることは無いし、彼女らの血は、彼の国で継がれていく。
そんな運命を考えるだけで嗚咽しそうになるのは、哀しみなのか、寂しさなのか、自責の念なのか、彼らの誰にも分からなかった。
それからしばらくして。
「さぁ、出航の時間だ。俺達は見送らなくちゃならない」
リーダー格の男の言葉を皮切りに、世話役たちは憂いを抱いたまま、応接室を出た。
宇宙船基地内を進み、発射場の展望台に世話役たちが揃う。
全面ガラス張りの景色の向こうには、広々とした夜の星空が広がっている。
暗き天に向かって凛と背を伸ばすのは、この国が威信を掛けてつくりあげたスペースシャトル一基。
あの船の中に、彼らが手塩にかけて育てた、花嫁が三羽乗っている。
世話役たちは、宇宙船が火を放ち天に昇っていく様を、厳かに見守っていた。
はるか遠き宙の彼方には、大きな満月が浮かんでいた。
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