第3話 旅は道連れ ②
「ロークッ!!」
声が木霊すると同時に、聳え立つ木々を物ともせずに暗闇を切り裂くようにして大きな影がロークに襲い掛かる。
シノアの声を聞き咄嗟に盾を展開していたロークは、すんでの所で直接的なダメージは負わなかったもののその勢いのまま広場の端まで押し込まれてしまう。
光の届く場所へ現れたことによって、急襲を仕掛けて来た影の全容が明らかとなる。
光沢を帯びた漆黒の鱗が妖しく月明かりを反射し、太くそれでいて鞭のように長い尾はヒュンヒュンと高い音を立てて撓っていた。地にどっしりと着いた四本の脚は大木の様な太さを誇り、まさに巨大なトカゲの様な容姿は間違いなく昼間に討伐した
ロークを丸呑みにしようと大きく
「間違いない、こいつが新種の
「ただなんだにゃ?」
「昼間の
明らかに昼間の個体よりも体躯が大きかった。
俺が出会ったやつが思ってたよりも小さかったのは、別の個体がいたからか…!
その可能性は十分にあったのに、すっかり頭から抜け落ちていた事に思わず歯噛みする。
それに鱗の質感がどこか違う…まるで濡れているような…。
リアスの『
昼夜で鱗の性質が変化するのか…?
「そろそろ助けて下さいっす…!」
ロークの必死の声を聞き、既に駆け出していたミサに続く。
シノアよりも先に接近したミサは片手剣を抜き放つと、勢いを付けて左後脚に切り掛かるが鋼鉄の鱗によって易々と弾かれてしまう。
「そいつに生半可な攻撃は効かないぞ!」
「ならどうやって倒したのだ!」
別に『
それに
まだ十分な
今はとにかく注意を引きつけて、ロークの救助をするのが最優先!
双剣によって連撃を繰り出すも、やはり強固な鱗によって阻まれてしまう。注意を引きつけるという思惑も、まるでそれらを意に介さない様にこちらを振り向きもしない。
「こいつ…っ!」
そして剣戟を加える中で発覚した事実。
この野郎、デカいだけじゃなくてもう一匹より硬いッ!
近づくことでより鮮明に見えるその鱗は、昼間の鋼の様なものでは無く、滑らかな透き通る結晶の様な質感を帯びていた。
「そこを
ロークの大楯がその桁外れの咬合力によって悲鳴を上げ始めた頃、後方からリアスの声が響く。
振り向くよりも先に魔力の波動を感知し、反射的に右に飛び込むように避ける。
するとさっきまで居た場所を通過するように一陣の風が吹きつける。
『
体表に傷が付くことは無くとも衝撃によって怯みが生じると、その隙を逃さず即座にその場を離脱するローク。
ロークが無事に後退したのを見て安心すると、即座に魔術の発射元であるリアスを見やる。
「おいこら猫ォ! 今の俺ごと当てる気だったろ!」
「ミャーはちゃんと避けろと言ったのにゃ。もし当たったらそっちが悪いのにゃ凡夫」
「この…! お前の魔術が荒いんだろうが駄猫!」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんだとぉ! 魔術のみならずミャーをバカにしたにゃ!?」
腕を組んでツーンとそっぽを向いていたリアスだったか、彼女の琴線に触れたのか長杖を振り回しシャーッと威嚇している。
「言い争っている場合か! 来るぞ!」
ロークに続いて下がったミサが間に入り注意を促す。
その言葉通り
その表情は獲物を取り逃した事に対して怒りを露わにしている様だった。
ゆらゆらと尾を振り、こちらを注視する
大気中の魔素の奔流は明らかに魔術を放つ前兆であり、魔素の収束地点である
大きな遠距離魔術が来ると判断し、すぐに退避しようとするがそれよりも早くロークが全員の前に出る。
「今度は後手に回らないっすよ! 『
大楯を触媒として碧色に輝く魔力が波状的に広がり、何人をも通さない堅牢な盾と化す。
「二人ともロークの後ろに!」
経験の差による信頼からか迷わずに飛び込むミサを見て、逡巡せずにロークの守護下に滑り込む。
一息つく間も無く魔力を練り終えた
既に形成された岩塊は直径1mをゆうに越え、空を裂き地を抉りながら吸い込まれる様にしてロークの構える盾へと迫る。
着弾の瞬間。
地を揺らす衝撃と共に耳を聾するほどの炸裂音が鼓膜を襲う。
爆撃の様な威力を有していた
迫り来る魔術に物怖じしない胆力もさることながら、その筋肉に見合った膂力を見せつけ微動だにしなかったローク。足元を見れば、彼が一歩も下がらずに背後の俺たちを守り切ったという証がある。
あの威力を受け止めて尚、冷や汗一つかかないか。
鉄壁を誇る防御力に感心しているのも束の間、ロークの魔術が終息し魔力が魔素へと還ると、そのタイミングを知っていたかのようにミサが傍らから飛び出す。
大技後の硬直と踏み、
負けじと持ち前の素早さを活かして追従する。
それぞれが左右に回り込み剣技を繰り出すが、やはりどの攻撃も有効では無くどれも手応えを感じ取れない。
くそ、やっぱり『泉慧の
それを確認すると剣を振るう手を止め、サイドステップによって回避行動を取ると着地点にいたシノアを巻き込み転倒してしまう。
即席のパーティーにおいて、良くあるトラブルが最悪のタイミングで起こってしまった。
「すまない!」
お互いの呼吸が合わずして生まれてしまった隙を
騎士道精神なのか、せめてシノアだけでも助けんと身を呈する様に覆い被さるミサ。
衝撃を覚悟し目を瞑ったその時---
「『
リアスより放たれた五連になる炎の弾が
けれど一撃が見舞われることは避けられたようで、二人は追撃が来ないと判断すると飛び上がるようにしてその場を離脱する。
「すまないシノア殿!」
「気付けなかった俺にも非はある。それよりも…」
俺たちを助ける為に放たれた『
まだそれほど火の勢いは強くは無いが、早急に消火しなければ火事に発展してしまうだろう。
「リアス殿、助けて頂いて感謝するが、できれば火属性の魔術は控えて頂きたい! 森に燃え広がってしまっては逃げ場も無くなってしまう」
「にゃぁ、そんなの後から水属性の魔術で消しちゃえば良いのにゃ…ミャーなら出来るにゃん!」
「なるほど…いや、しかしだなぁ…」
いやでも、助けられたのもまた事実…と言い含められそうになり頭を抱えて葛藤している。
そんな二人の様子を見てふと気付く。
どうして
実際に俺たちの剣撃を意に介さずに攻撃を仕掛けてきたり、リアスが放った『
それは逆に言えば、今の魔術は避けなければいけなかったということ。
現に今も俺たちに追撃をするどころか、引火した炎を警戒し、木々の間に隠れる様にして身を低くしている。
何か
一体なぜ…。
「---熱か!」
思い返せば昼間の個体も常に日陰を意識し、極力陽の下に出ようとはしなかった。
それなら、調査の痕跡から
文字通り
そして、結晶化して更なる硬度を得た目の前の個体はそれがより顕著に出ているはず!
リアスが行使した非可燃性の『
「全員聞いてくれ」
各々がいよいよ次の攻撃に移ろうとしていた手を止め、こちらを振り向く。
「あいつを倒す方法を思いついた」
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