第4話「静かに試験受けたかった話」
王立魔道学園の入学試験当日、試験会場前の大通りで俺は声を潜めながら口を開く。
「あのな、言ってるだろ。その『アダムたん』呼びやめろって」
その相手、銀髪紅眼・背中に小さく翼をしまいこんだ少女──リリスはというと
「でもぉ♡アダムたんはアダムたんじゃん」
俺の顔を見ながら、相変わらず笑顔で意味不明な返答をする。いや、言いたいことは理解できるが納得できん。とうか、こいつ俺と会話してる時から笑顔なんだけど、そんなに嬉しいのか?嬉しんだろうな。聞かないけど。
「いいか?今の俺の名前はデイモンだ。アダムは前世の名前で、お前が俺をその名で呼ぶと混乱しか生まないだろうが。せめて呼び方くらいは変えてくれ」
「‥‥そんなに言うならわかった」
リリスは頬を膨らませて不服そうに答えた。おい、さらっと俺の腕に抱き着くな。
「本当だろうな?嘘ついたら、口きいてやらんからな」
「待って待って、それだけは勘弁してよマジで」
俺がそう言うと途端にリリスが慌て始める。
「そんなに慌てることか?」
「慌てるに決まってんじゃん。だって、アダ‥‥デイ君と喋れないなんてそんなのあんまりだよ。この世の終わりと一緒!!」
「さいですか」
大袈裟だと思いながら、俺はうなずくがこいつは嘘をつかないことは知ってるので本当のことなんだろう。それが厄介だけど。
「でも、心の中だけならいいよね?」
「勝手にしろ」
別に考えとか思考までどうこう言うつもりはない。リリスは俺の所有物じゃないのだから‥‥‥なんかリリスは否定してきそうだな。
―――
試験会場である王立魔道学園は、王都の北側に位置していた。白亜の壁と尖塔を持つ荘厳な建物。外から見ただけでも、国が本気で金かけてるのがわかる。見た目にそんなにこだわる必要があるのかと思わないでもないが、俺の税金じゃないし知ったこっちゃないと割り切る。
門をくぐると、案内に従って筆記試験へ。内容は基礎的な読み書きと計算だけだったから問題なく通過した。リリスは──なんか満点だった。むしろ書きすぎて欄はみ出してた。対して俺は必要最低限の答えだけ書いて、放置していた。
筆記試験から実技試験へ会場を移動する道中、ふと、気になったことを質問する。
「なぁ、リリスお前どうやって受験できたんだ?」
魔力適正試験自体はいつでも教会に行けば、神父さんがやってくれるのでわかるが、身分はどうしたんだ?というかこいつも人間に転生したわけだから、親がいたはずだ。まぁ、どうせ生まれてすぐに家出したのだろう。
「え?孤児って言ったら通ったよ」
その言葉に俺は合点がいった。。なるほど、確かに身元がはっきりしない奴でも孤児って言っておけば、一応調査扱いで通せるんだったな。
問題なく魔力適性試験に合格していれば、身分に関係なく入学試験の資格は与えられる──というのが建前。実際には、「よほどの問題がなければ通してしまえ」って運用なのは知っている。
だから、こんなバケモン野放しになっちまってんだよ。
「これだからお役所仕事はよ‥‥」
「んー?どしたん?何か言った?」
「いや、こっちの話だ」
そういうとリリスは気にした様子もなく、会場の空を見上げてにこにこしていた。その様子は無邪気な女の子のようだった。
そして、実技試験会場へと移動する。
魔術場と呼ばれる屋外の広場には、結界の痕跡が空中に薄く浮かんでいた。恐らく、暴発対策の防護魔術だ。
数十名の受験生たちが控えの列に並んでいる。騎士団風の服装をした試験官が数名、順番に呼び出しては一人ずつ試験をこなしていた。
「次、デイモン!」
次々と名前が呼ばれる中、俺の名前が呼ばれたので、頭を下げながら退いてもらい列を離れた。歩いていると、リリスと目が合った。
彼女は『ファイト♡』と口パクして、どこからか持ち出したのか『アダムたん激推し』と書かれた黒いうちわを振っていた。俺は視線を逸して他人のふりをすることにした。「冷たいのもステキ!」と声が聞こえてきたが気のせいだろう。そうに違いない。
試験官は、短髪に口ヒゲのある中年男だった。右手には杖が握られていて、ローズの中に隠れた肉体はしっかりとした体幹をしていて、腕は立ちそうに見える。
「立ち位置につけ。攻撃は制限なし。ただし、致死性の魔術は禁止。君の魔力制御、判断力、応用力を見る。勝敗は関係ない、全力でこい」
俺は無言で肯定を示すように訓練用の木剣の切っ先を試験管に向ける。
「始めいッ!」
俺は剣を右肩に引き付けた姿勢のまま、相手の出を伺うことにした。試験管はそんな考えを知ってか知らずか先に動いてくれた。
詠唱もなく、魔力を杖に集め、バスケットボールほどの大きさの火の玉が三発ほど飛んできた。
よし、剣で魔術を‥…いや、ダメだ。それやったら評価されねぇ、これは魔術とか魔法を使う試験。ただの剣技見せつけたって意味ないじゃん。
なので、俺は自身の魔力を十時方向、十二時方向、二時方向の三か所に集めて自分と同じ背丈をした光る人影を作り上げ、その三体に魔法を防御させる。炎がぶつかると人影たちは消滅してしまった。
「素晴らしい才能だな。その歳で物質化をそこまで操るとは」
試験官の動きが止まり、そう言って少し口元を緩めた。え?そんなすごいことしたか?基礎技だぞ?‥‥いや、そうか。俺は何の訓練も教育もされていない十二歳のガキなのだ。それがいきなり中堅レベルのことしたら、驚くわな。
「おい、あの坊主すげぇな人型作って動かしやがったぞ!」
「確かにあの若さでそれを成すとは、才能があるな」
「俺、未だに出来ねぇんだけど」
なお、この時デイモンは知らなかった。魔術で綺麗な人型を作り、それを同時に動かすのはかなりの高度な技術であることを‥‥むしろ、試験管の反応が薄いまであった。残念ながら彼の底をそこで知った気になっていたのだろう。
俺は試験終了を言い渡され、礼をしてからその場を去り列に戻っていった。と、同時に炸裂音が鼓膜を震わせた。俺は恐る恐るギギギと音を当てるように背後を振り返る。
そこには小さなクレーターが出来ており、その中心に二人の人間がいた。一人は試験管であろう女性で泡を吹いて気絶していた。もう一方は‥‥はぁ、もう一方はドラゴンのような翼を広げたリリスの姿があった。
「あっ!デイ君!私やったよ!褒めて褒めて」
などと、無邪気に言ってくる彼女相手に俺は無言で顔を覆って、空を見上げることしかできなかった。
おそらきれい。
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