第3話「外堀が埋まった話」

 俺は思考の渦から抜け出して、現実に意識を引き戻すと黒い蝙蝠の翼が、街の人間の視線をこれでもかと集めていることに気づいた。そりゃそうだ。あまりにも目立ちすぎる。


「おい、ちょっと来い」

 慌ててリリスの腕を引っ張り、人気のない路地に逃げ込んだ。

「きゃ♡アダムたん大胆!」

「うるせぇ、俺はアダムじゃないデイモンだ。あと、その『たん』って呼び方やめろ」

 リリスの羽を押さえつけることで無理矢理引っ込めさせる。魔法で出来てるもんだから、消すこと自体は簡単にできた。その後、リリスの顔見るが、全く懲りた様子がなく笑みを浮かべながら、

「ううん、間違ってないもん」

 と、答えてきた。

「その理由は?」

「名前が変わっても、体を幼くなっても、素顔を知らなくても、私にはわかるんだよ?アダムたんの骨格とか魔力の流れ、歩き方から声、喋り方の癖、魂の色もあるね。それから‥‥」

「わかったわかったから、もういい!」

 こいつ、一息で言い切りやがった。なんだこいつ、頭スライムになってんのか。頭痛くなってきた。


 逃げたい。でも、逃げたら何されるかわからん。こんな感じになってるけど、こいつは列記とした大悪魔。気まぐれで国を滅ぼし、地形を崩す存在だ。下手を打てばこの国が大損害を受けかねん。


「‥‥あー、もう面倒くせぇ。はい、認めます。俺はアダムだよ。前世でお前と殺し合った、あのアダムだ」

 本当に面倒になってきたので、頭をかきむしりながら肯定する。こいつ相手に頑張って隠すほどのことでもないと思ったのもある。


 すると、リリスの目は輝きだし、

「キャー!!認めてくれた!今のセリフもう一回!待っててね!今、録音できる魔道具買ってくるから!」

「やめんかい」

 録音魔道具とか、屋敷一つできるくらいの値段すんだぞ。それをお前買うって、絶対ろくでもないことになるやん。

「でも、いいじゃん!私、アダムたんのためなら国くらいあげちゃうよ?」

 もうやだ、おうち帰りたい。俺のこと好きなのはわかったけど、言うこと聞かねぇし物騒すぎる。


 お前が俺殺したこと、どう捉えてんの?と思ったが聞かないことにした。また先ほどの魔法の詠唱染みた返答をされかねない。もう、耳がキーンとなるのはごめんだ。



 ―――



 俺は心がヘトヘトになりながら、家の扉を開ける。

「ただいまー」

「お邪魔しまーす」

 招いてもねぇ奴を引き連れて‥‥


 俺はリリスを連れて家に帰ってた。


 いや、違う。引き返そうとしたら、ずっと背後からついてくるのだ。俺がどれだけ全速力で走っても、追いかけて来るのだ。で、逃げきれず家の前まで来てた。


 一つだけ言わせて欲しい。


 ―――土下座でもなんでもするから帰ってくれ


 俺とリリスが家に入ると、ふくよかな体形をした中年女性が奥から出てきた。母さんである。

「お帰りデイモン‥‥あらあら。かわいいお客さんね。デイモンの彼女さん?」

「ちが、」

「はい、そうなんです。よろしくお願いしますね。お義母さん」

 こ、こいつ!?俺の言葉を遮りやがった。さっきまでのハイテンションは何処に消えたのやら、落ち着いた真面目ですって顔しやがって、あきらかに猫被ってんじゃねぇか。

「こんな息子だけど、よろしくねぇ」

「いえいえ、こちらこそ」

 あらあらうふふって会話繰り広げてんじゃないよ。なにこのウェルカムモード。


 ‥‥‥‥ふぅ。


 俺は深呼吸をしながら、冷静さを取り戻す。そうだ、母さんはなんだかんだ寛容的で人を簡単に信じるところがある。だが、まだだ。


 我が家には最終兵器がいる。


 そう、父さんである。父さんは鍛冶職人でいつも昼間は工房に籠って武器を打ってる。性格もよくある職人気質の無口で頑固おやじと言う感じでこういうのに限って『恋愛禁止』だの『家の名に泥を』だの言い出すパターンだ。


 チラリと見ると、親父は仏頂面で台所に立っていた。今日は工房は休みの日なので家でくつろいでいる。頼むぞ、あんただけが頼りだ!そう俺が願うと親父はリリスの方を見た後、口を開く。


「‥‥息子を、頼む」

 おい、ダディ!?何言ってんの。逆!逆!応援すんな。いつもの頑固さはどこ行った。

「はい。任せてください」

 リリスも胸を張って言うな、男らしいな、お前。女だけど。もう、俺は頭を抱えるしかなかった。


 そうして仕方なく家に通すと、リリスは勝手に椅子に座り、勝手にお茶を飲み、勝手にパンをもぐもぐし始めた。図々しいなお前。

「この間取り、動線‥‥よし、余裕で住めるわね」

「おい、引っ越す気か?」

「‥‥?そうだけど?」

「なに当たり前みたいな顔してんだ。屋根裏すら許さんからな」

「でもアダムたんがいるじゃん? アダムたんが住んでるとこなら、住むよ」

 もうダメだこの悪魔。何言っても聞きやしねぇ


「そういえば、聞いたんだけどさ学園?って場所に通うんだって?」

「あぁ、今年十二歳だから四月魔道学園に通うことになってる。それがどうした?」

 まぁ、俺には魔力あるから王国の法律で強制的に通わされることになってる。

「じゃあ、私も通う」

「おい、待て」

「アダムたんとずっといしょにいるもん!」

 もんじゃねぇよ、ばか野郎。


 あぁ、どうやら学園生活も騒がしくなりそうだ。



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