第2話「恋した大悪魔の話」

 私は、強かった。


 生まれながら、人を気絶させるほどの圧を持った魔力も、龍の鱗すら切り裂く爪も、誰も追いつけない最速の翼も、全部が全部、私は持っていた。


 そして、それを自身の欲望の為に使った。


 食べたいと思うときに食べたいものを食べ、眠たいときに好きな場所で眠った。


 そして、『暇つぶし』をたくさんした。


 ある時は、なんとなく、人を虐殺してみた。人と言う種族は羽と角以外私と同じ見た目をしているけど、別に私と言う存在は私だけだし、殺しても何とも思わなかった。ただ、軽い運動にはなったかな?


 またある時は、絵画に興味がわいたから、人の村に行って大きな絵を書いた。初めて書いたけど、我ながら力作がかけたと思う。でも、血で書くのはダメだね。すぐ乾いちゃって絵具としてそぐわないと学んだ。


 そんなこんなで、自由に生きてた。けど、なんか人間が私にちょっかいをかけてくることが多くなった。口を開けば、親の仇とか子供の仇。兄弟の仇。みんなみんな同じことばっか、人間はこういうの『ばかのひとつおぼえ』って言うだっけ?


 めんどくさかったから、近くに集まってた人間全員皆殺しにしてやった。私の睡眠を邪魔したり、食事にも不味いもの混ぜたり、したからだ。


私は自由を謳歌していた。


―――けれど、


自由には何もなかった。泣いても笑っても、楽しくも悲しくない。どれだけ退屈しのぎをしても空っぽは埋まらなかった。


世界は、白と黒だけで出来ていた。


淡い灰の空。灰の森。灰の海。灰の命。

誰も追いつけない翼を誰も耐えられない魔力をどれだけ振るっても、そこには何の色もなかった。何も感じなかった。誰も私と同じ空に立っていない。


―――そう、思っていた


あの人が現れるまでは、


彼はただの人間だった。なのに、私の喉元にまで、刃を伸ばしてきた。


何度斬られても、何度燃やされても、彼は進んできた。理不尽を押し返して、私の羽を裂いて、骨を砕いて、私を地に落とした。


体が斬られ、激痛と共に鮮血が飛び散る。その時初めて、私は知った。


―――あぁ、血液ってこんな色をしてたんだ。


灰色の世界に、真っ赤な熱が流れ込んだ。空に青が戻り、血は赤く、地は緑になった。


始めて出会う、私と同等の対等になってくれた存在。それは初めて感じる負傷の痛みなんて忘れるほどの衝撃だった。


目を見た。私が写る、真っ直ぐな眼を見た。

「ねぇ、貴方名前は?」

鉄の兜で顔を隠している人間の彼は沈黙してから答えた。


―――アダム


私が初めて人の名前を覚えた。未来永劫、忘れない名前を。


その後も楽しいことづくめだった。アダムと初めて殺し合いをして、激痛に苛まれたり、逆にアダムに攻撃が当たった時の痛みにのけぞる反応に一喜一憂したり、死ぬかもしれないのに、死が怖く無かった。むしろ、望んですらいた。


彼はそんな願いを知ってか知らずか、彼は私の胸に剣を突き立てて、その命を終わらせてくれた。

「人間って‥‥サイコーじゃん」

 この人に殺されるなら、それもいいって思った。私を理解してくれる彼に、私に世界の美しさを、色彩をプレゼントしてくれた貴方なら、どうしてくれたって構わない。


この人に否定されて、命を奪われて、やっと自分になれた気がした。



―――



だから、私はもう一度、アダムたんに会いたい。あの人のものになりたい。頭から足の指のつま先まで全部アダムたんのことで一杯になりたい。また殺されたい、褒められたい、一緒になりたい。家族になったっていい、彼が望むなら私のすべてをあの人に捧げたっていい。


だから、転生した。翼も力も全部そのままだけど、彼と同じ人間になりたかったから人間になった。そして、生まれてすぐに魔法で翼を生やしてアダムたんを探すことにした。


私を産んだ奴らがなにやら騒いでいたが知らない。勝手に産んだだけでしょ?私は私のやりたいことあるから、邪魔しないでよ。


そうして、長い時間がかかったけど、見つけた。声を聞いた。匂いを感じた。

「アダムたああああああんっ!!!!!」

思わず叫んで、飛んで、抱きしめた。黒い羽が、彼の体を覆い、胸の熱が彼の背中を伝う、アダムたんって温かいんだね。私溶けちゃいそう。

「会いたかったああああああああ♡♡♡ もう、もう、どれだけ探したと思ってるの!?ていうかなんでこんなとこにいるの!?なんでそんな顔してんの!?なんで、なんで、なんで……っ、もうやだ、愛してる、大好き、最高、世界一、地球の核、魂の片割れっ♡」

それなのに、アダムは言った。


「あー……どちら様?」


………………は?何言ってんの?


私は彼の胸倉を掴んで叫んだ。

「ざっっつけんな!とぼけないでよ!あなたが、私の世界に色をつけたのに、あなたが、私に、生きる意味を!くれたのに!!それをなかったことにしようとしないで!!!」


―――でも、私は気づいてる。


彼の心の奥は、まだあの時のままだってことに。覚悟してね、アダムたん。


もう、逃げられないから、君は永遠に私に愛されるの。

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