星色の世界が君を照らす。
部活からの帰り道。僕と天川君は道が同じという事で、2人で帰っていた。他の2人は反対方向らしい。
肩が触れるか触れないかぐらいの微妙な距離感が居たたまれない。さっきから僕は、彼の話す内容に頷いてるだけ。相槌も打てないし、良い反応もできなかった。
「…聞いてる?雨水君」
「えっ、あ、うん…。」
自分の考えに浸っていると、天川君に呼び掛けられた。
「それで、何で天文部に入ろうと思ったの?」
咄嗟の質問に、僕はすぐに返答できなかった。話を聞いていなかったので、話の前後が分からない。
「何でって…星が好きだから?」
「何で疑問形になるの。」
そこで笑う理由が分からなくて、僕は戸惑うしかない。
「…俺も星が好きだよ。」
「え?」
僕はばっと顔を上げる。彼の横顔は薄暗くてよく見えなかったが、どこか寂しげだった。
「小さい頃から、ずっと見てた。」
「そう、なんだ」
僕が頷くと、彼はニコッと笑う。
「だからさ、俺もっと君と仲良くなりたい。こうして会えたのは、運命だと思うんだ。」
運命、という大袈裟な表現だが、彼の表情は真剣で胸がきゅっとなる。心臓がドクドク鳴り、僕は彼を直視できなかった。…信じてみても、良いのだろうか。いや、信じてみたいと思った。彼の事を、信じたい。
「よ、よろしくお願いします…?」
僕がそう言うと、彼はまた可笑しそうに笑い出した。
その笑みは曇り空に負けない、とても明るくて真っ直ぐな笑顔だった。
翌日。今日はよく晴れていて、台風も方向を変えて去っていったとニュースでやっていた。相変わらず朝からお酒を飲んで寝ている義母を他所に、僕は家を出る。
「いってきます、」
外は冷たい風が吹いていて、枯れ葉がさわさわと揺れている。台風の後ということもあり、空は鈍よりとした雰囲気だった。
ーガラッ
「あ、雨水君おはよう。」
教室に入ると、彼がすぐさま僕に気付いて手を振ってくれた。その瞬間、彼と話していた複数の女子から一斉に視線をむけられる。何で、と言わんばかりの冷たい視線。僕は皆に注目されている事が恥ずかしくて、思わず顔を背けた。早足で自分の…といっても、彼の横だが、席に着き、横を見ないようにした。話しかけてくれたのは嬉しいけど、注目されるのは嫌だ。
やがてチャイムが鳴り、僕は1人になった彼に向かって言葉を発っそうとしたが、結局言えなかった。すぐ横にいるのに、話しかける事もできないなんて。何て情けないんだろう。僕は憂鬱なため息を吐いた。
休み時間。
僕が次の授業の準備をしていると、天川君から声をかけられた。
「ねね、今日の部活一緒に行かない?放課後だったら話しやすいかなって思って。」
彼の言葉に、僕は驚いて目を見開く。誰かに誘われるなんて初めてで、戸惑ってしまう。
「あ、えっと…いいよ」
頷くと、「やった!」と嬉しそうに笑ってくれた。
「じゃあまた放課後ね!」
「うん。」
僕は初めての事に胸がドキドキするのを感じた。
放課後。SHRが終わり、僕と彼は部室棟へと向かう。
ーガラッ
扉を開けるが、誰もいなかった。少し早すぎたらしい。いつもの数分は早く着いている。
「まだ来てないみたいだね。座って待っとこうか」
「そうだね、」
僕と彼は向かいに座る。横に行くのは気が引けた。
彼はスマホを取り出して何かをしているので、手持無沙汰な僕はただ俯くしかない。正直、気まずかった。
すると。
「…雨水君はさ、もし記憶の世界に閉じ込められたらどうする?」と妙な事を聞いてきた。スマホから顔を上げた彼の表情は真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「え?それってどういうー」
ーガラッ
僕が聞き返そうとした時、ドアが開いて他の人達が入ってきた。
「あら、もう来てたの?相変わらず早いわね。天川君もいらっしゃい。」
「こんにちは~」
三島先輩が天川君に話しかける。彼は元の笑顔に戻っていた。千花と詩音先輩も軽く挨拶をして、全員が定位置の席に着く。今日はやることがなかったので、雑談やら読書やらを各自していた。本当に天文部なのだろうか、と自分でも思う。
部活が終わる時には、空は赤く染まっていた。
「今日はここまでかな。気を付けてね」
三島先輩に見送られ、僕達は部室を後にする。彼女は1人残るらしい。何となく気になるが、尋ねる勇気もなかった。
「雨水君、帰ろ」
「あ、うん。」
天川君に促されて、僕は靴箱へ向かう。外は夕焼けがとても綺麗だった。
横断歩道を歩いていると、街のスクリーンから映画告知が写された。何かのロマンス映画らしい。
『何度でも、君に会いに行くー』
僕はスクリーンから目を離してちらり、と天川君を見上げる。彼の端正な横顔は男の僕から見てもドキドキした。これでモテない方がおかしい。
「どうしたの?何かついてる?」
「別に…じゃあ、僕はこっちだから」
「うん。また明日~」
ー「ただいま。」
家の中は静かで、物音一つもしない。義母は働いていないので基本家か、行きつけのバーに滞在している。
バーのマスターと義母が知り合いで泊めてもらうこともあった。
ダイニングルームは、大きなゴミ袋が2つ置いてあり、床には脱ぎ散らかされた義母の衣服やメイク道具か転がっている。赤い派手なワンピース、深紅のグロスや、ローズピンク色のチーク。男受けするような物ばかりで僕は吐き気がした。きつい、甘い匂いに頭がグラグラする。3年前、母が亡くなり、新しい母が出来た。父はその途端家を出て音信不通になり、僕は1人になった。血族が誰も居ない、1人ぼっちの僕を、義母は嫌い、いつも僕に辛く当たる。暴力は勿論、虐待と言わざるを得ないような、過度な行為をされる時もあった。
最近は僕に構うことすらなくなり、その癖、帰宅時間は毎回確認してくるようになった。部活も恋愛も、友達と遊ぶのも禁止。自分はホスト通いしているのに、といつも理不尽な思いを抱いている。
「…服、片付けないと。ご飯は…昨日の残りでいいか、」
それでも義母のお世話をしないと、と思うのは僕の、義母に頼ってほしいという密かな願望のせいだろうか。反抗すれば、義母は悲しむ。僕を見なくなってしまう。それが怖かった。だから、僕は今日も義母の後世話をするのだ。
「…酒臭い」
ご飯を食べ終え、僕は部屋に戻った。ベッドに寝転んでスマホを弄っていると、
ーピロン
スマホの着信音が鳴った。義母からだろうか、と少し憂鬱な気分になりながら通知を見ると、意外な人物からだった。
「…天川君?」
僕は目を疑った。驚きつつ、通知を開く。
『ーちょっと外に出てこれる?』
シンプルな、たった一文だったけど、僕はすぐに外へ行く支度をした。冷えると思うのでパーカーだけ着て、急ぎ足で階段を降りる。
ーガチャ
「こんばんは。」
外に出ると、制服姿の天川君が立っていた。彼の白い髪が暗闇に光って見えて、とても儚げに感じる。
「急にごめんね。大丈夫だった?」
「う、うん。…どうしたの?」
僕は戸惑い気味に聞く。すると彼はニコッと薄く笑って言った。
「ーとっておきの場所だよ。」
彼の悪戯っぽい笑みは夜空に照らされてとても綺麗だった。
「とっておきの場所…、」
僕が呟くと、彼は頷いた。
「きっと気に入ると思うよ。」
彼はそう言って僕を見据える。彼の瞳には、爛々と輝く光、そして、どこか悲しそうな色味を含んでいて、儚く思えた。そんな彼の言葉に、僕は自然と頷く。
「…うん、」と小さく呟いていた。
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