第7話

 最初に気が付いたのは村長の息子であるビジだった。近々村長の役目を譲ると父親から告げられ、気分が高揚したビジは、早朝、祈祷の為の供物を集めに来たオムナに供物を投げつけ、いつも以上に強く詰った。


 いつもの様に顔を歪めるオムナの表情が見れた。しかし、おかしい。いつもの、あの湧き出るような愉悦を感じない。なんでだ?少し考えたがすぐに原因が分かった。眼だ。ビジからの侮蔑に歪ませるオムナの表情だが、その眼に、いつもの悔しさや憎しみがない。どうゆう事だ?いつもなら俺を殺したいほど憎いが、何もできないって惨めに悔しがる視線を俺に向けるはずだ。


 と思考が一瞬固まった隙に、投げつけられた供物を拾って、付いた雪を払い背負い籠に供物を入れそそくさとオムナは立ち去ってしまい、問い詰めることが出来なかった。


 まさか、俺に対して何やらよからぬことを考えているのではないだろうか?何を考えているか知らないが来るなら来いよ、お前ごときは何もできないんだよ!


 そう、ビジは心の中で啖呵を切りつつ、何十年かで初めての違和感に心の底では焦りと不安があった。急いで雪を踏み抜いてついたオムナの足跡を追った。


 遠くの方でオムナが北の森に入り、断崖絶壁の北の壁の麓にある祭壇へ向かい、姿が見えなくなったのを確認して、ビジは急いで村の家々の戸を叩いて回った。


 出てきた村人にオムナが良からぬことを企んでいるかもしれない、変わった様子は無かったかと尋ねて回った。数件しかない家の殆どの村人は変わった様子は無いと答えオムナの変化には気付いていなかったが、ある村人はオムナから頼みごとをされたと話した。剃刀と鉈を貸してほしいというので、両方とも貸したとの事だった。剃刀......鉈......刃物、まさか?


 「なんでそんな物、貸したんだ!」


 「なんでって言われても。夕方に返すといっていたし、食べ物の代わりになるならそっちのほうがいいしな」


 「ばかやろう!あいつは何か良からぬことを考えているんだ!も、もしかしたらその貸したもので、お、俺を!いや、村を襲う気かもしれないんだぞ!」


 「えっ!そ、そうなのか!?」


 ビジが言い放った根も葉もない話は、すぐに村に広がった。勢いで吐いた言葉に、ビジ自身確証は無かったが話しが広がるにつれ少しづつ大事になっていく様に焦りと不安が湧いた。


 その焦りと不安を解消するために、俺は間違っていない、そのはずだ、そうに違いない、あいつならまちがいなくやる、と心の中で繰り返すうち、根拠なき想像を現実なんだと次第に身勝手な思い込みができ上がっていた。


 気付けばオムナが村を襲おうとしているというビジの虚言は、小さな村の人々全員に伝わり、村人たちはその話を疑う事無く信じた。オムナに対しての自分たちの態度を振り返れは、いつかオムナが復讐しようとしてもおかしくないのでは?と村人皆が大なり小なり感じたからだった。


 そしていつの間にか村人は村長の家の前にそのほとんどが集まっていた。誰かに言われたわけではなく、各々手には粗末ではあるが武器になりうる物を持っていた。集まった村人たちにビジは言い放った。


 「巫師であるオムナが村を襲おうとたくらんでいる事が分かった。これは、裏切りだ!俺たちは村の重要な役割をオムナに与え続け、これまで自分たちの身を削り支えてきたはずだ。その恩をまるでなかったかのように牙をむこうとしている。逆恨みも甚だしい。許せる若がないだろう?なあ、みんな!」


 そうだそうだと村人たちは同意を口にした。そんな村人たちの賛同を聞いて気をよくしたのかビジは更に声高らかに言った。


 「この土地で生きていくには、一人一人が協力していく事が大切だと俺たち全員が分かっているはずだ。これまでそうやってきたからこそ生きて来れたはずだ。それは代々ご先祖様たちから受け継がれてきた伝統であり、精霊様の教えでもあるはずだ!だがそんな中に一人でもその輪を乱す者があれば、村全体が崩壊してしまう!オムナは巫師でありながら精霊様の教えに背き、俺たちを裏切り、そして村を壊してしまう!これまであいつの目に余る行動には思う事があったが、それも今日までだ!オムナを追放しよう!」


 一人の若者がそうだ!と叫べばそれにつれられ、そうだそうだと口にする。ビジが言ったことはオムナに対して自分たちの行ってきた事を棚上げし、ありもしない精霊の教えというものを持ち出し、筋の通らない話だったが、言葉ではなく、漂う空気感で村人たちの考えを誘導し、ビジに賛同させた。我々は間違っていない、間違っているのはオムナなんだと村人たちの殆どが共通の思考となった。


 雪交じりの強い風を受けながらビジを先頭に村人たちは、オムナがいるであろう北の森の先、北の絶壁の麓にある小屋へ向かおうと歩を一歩進めた矢先、森の方からこちらに向かってくるオムナの姿があった。

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