第6話
精霊信仰なんて訳の分からない慣習に従事する巫師のオムナ。理由はいくつかあるが、とにかくそれらの理由を抜きにしても存在自体をアルカ村の村長の息子であるビジは忌々しく感じ、見た目やら話し方やら、オムナの何もかもが嫌いだった。
だから、オムナが祈祷の為の供物を集めて家々を回る時に嫌味やら罵倒やらで歪む顔を見るのがたまらなく楽しかった。腹の底にドロッとした生暖かい何かが生まれ、それが腹から喉を通って脳を満たす感覚が快感で、オムナの顔が歪めば歪むほど、それがドンドン溢れて堪らなくなり抑えきれない感情が頬を引き上げ口角を釣り上げる。
若い頃はそんな態度を公に見せれば、精霊信仰を信じていた村のジジイババアどもに白い目で見られ、村長である父親から精霊の加護を失うと文句を言われた。だから、見えない所で自分ひとりだったり、村にいる数少ない同年代の男の中でもビジに賛同、オムナをよく思わない数人とつるんで罵詈雑言や死んだ家族のことを弄り、虐めていた。
ビジのそれは何十年も続いたが、手を出す事は決してなかった。ビジは、手を出して大ごとになる事を恐れるような矮小で、ビビりでしょうもない人間だった。もしオムナがビジの行動に腹を立てビジに対して暴力を向けていたら、もしかしたらビジはオムナにビビって何十年も虐める事は無かったかもしれない。
しかしオムナはビジに対して腹を立てることはあっても強く言い返したりすることは無かった。この村を去るという選択肢を自ら消したオムナがこの村で生きていくには巫師として村人たちから施しを受けるしかなかった。
村長の息子であるビジに反抗して抉れれば、村での立場を失い生きていく事が出来なくなるかもしれない恐怖がビジ達への苛立ちより勝る結果となり、ビジからの虐めを耐えることをになった。
長い月日が流れても村ん生活は豊かになる事はなく、村人たちの特に比較的若い層は、村の生活苦と閉塞感に不満を積もらせていった。その不満の根本は、そもそもこんな村に生まれてしまった事に対してであり、こんな場所を生活の場所と選んだ先祖に対してのやり場のない怒りでもあった。そして日々募らせる不満が次第に、それらを象徴している精霊信仰、それに従事する巫師であるオムナに矛先が向くことになった。
時がたち、信仰心が比較的厚くあった村の老人たちは数を減らし、また老いによる思考の衰えが精霊信仰の教示を説くものを減らし、村での信仰の重要性が失われていった。気付けば村人たちから信仰は薄れ、オムナを腫物扱いする空気が出来上がり、父親である村長もその空気に流されていた。
誰にも咎められなくなり、ビジはおおっぴらにオムナを蔑むようになった。オムナを昔から嫌いだった感情が、同じように村人の心に広がっていく様は、まるで自分の考えがこの小さな小さな辺境の村を支配しているような気がして、小さな小さな人間であるビジは言いようのない悦に浸ることが出来た。
村の人間は若い頃に誰もが一度は村を捨てたいと考える。それはオムナがそうだったようにビジもそうだった。外の世界への憧れ、というわけではなく村での生活の苦しさや閉塞感からの脱却が主な原因だった。
ビジは一度、村を捨てようと決意し、一人で村の外に出た事がある。それは不定期で訪れる行商人から、辺境の外には煌びやかな街があり、美しい女性が多くいると話を聞いたからだった。
行商人は辺境の村を南下し森を越え、いくつかの村を経由してしばらく行くと街があると言うが、しかし道中で特に森の途中からは多くの魔物が生息する場所を通らないとならないと聞いた。
魔物は凶暴で腕に自信のある者でなければ十中八九、喰い殺されることになると話す行商人は、背は高いが細身で顔は色白くまるで女性の様な顔立ちで、更に腰に携える簡単に折れてしまいそうなほどに細い剣を見れば、あまりにも頼りない。
確かに昔から村の外には魔物が多くはびこり、外に出ようとした村人が昔多く殺されたことがあることから村人が村から出る事は巫師の祈祷以外に禁止されていた。しかし弱々しくて軽薄そうな行商人が、しかも一人でやって来れるわけだ。ビジを中心に腕っぷしに自信のある若い村人たちは皆、こいつにできて俺たちにできないわけがないと考えた。
行商人から話を聞いた次の日にすぐに行動に移したのはビジだった。早朝に他の村人の目を盗んで足早に村を出た。ビジが一人で村を飛び出したのは、目的地である街に到着した際に数人でいけば実入りの良い仕事の取り合いになってしまうかもしれないといった考えからだった。
村での生活しかしらないビジを始め他の村人たちも同じように村を出るなら一人でと考えていた。村では仕事に限りがあり、成人した男性からくじ引きで働き口を決め、従事するように決められていた。その為、彼らは街も同じように仕事には限りがあると、あまりにも狭い尺度と稚拙な考えで思い至っていた。
ビジは意気揚々と行商人が話していた南へ進み足を踏み入れ、そして魔物に襲われ危機を迎える。行商人が言っていた通り、魔物は凶暴で強く、たかが村人一人が太刀打ちできるはずがなかった。そんなビジが恐怖のあまり糞尿をまき散らしながら命からがら魔物から逃げ出せたのは、行商人の助けが入ったからだった。
行商人からは、軽やかにビジを襲った魔物をその腰の細い剣の一閃で仕留めた。ビジは何食わぬ顔で村に戻るが行商人に自分が魔物に追われて情けない姿をさらしたことについて口止めを頼んだ。行商人のから口止めの条件として他の村人が絶対に村の外に出ないようにして欲しいとの事だった。
「むふふ。私が話をしたせいで村の人たちが死んでしまうのは、非常に心苦しいですからねぇ」
ビジは行商人との約束を守り父親である村長の協力を仰ぎ、村から出ようとする村人を止めた。今でも気まぐれの様に不定期で姿を現すその行商人には弱みを握られたまま、頭が上がらない。
一月前にも村を訪れた際は、村の北側の森際にある黒い岩を砕いて荷馬車に積むよう言われ村人何人かを説得して大変な作業を無償で理不尽に強いられた。ビジは行商人が居ない間に村人たちに行商人がいけ好かない人物だと噂をゆっくり流していた。
万が一、あの日の事を行商人が村人に話してしまうことがあっても、行商人の人望が落ちていればその話を信じる者はいなくなるだろうと考えてだった。何で俺がこんなことをしなくちゃならないんだと、自分が原因であることは棚に上げ不満を募らせる。ビジのそういった不満もオムナに向け続けられていた。
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