第5話

 ルクスと名乗る男から握手を求められ、今まで人と握手などした事の無かったオムナは、差し出された手に躊躇したが恐る恐るルクスの手を握った。力強く、そして優しい温かさが伝わってきた。


 手が触れただけで、何か相手の事の一部が分かったような気がしたことに驚くと共に気を良くしたオムナは「食事を持ってきた」といいルクスを小屋に入るよう促して二人で小屋に入った。


 小屋に入るとオムナは背負うカゴを降ろし、カゴに入っている食材になりそうないくつかの物を取り出した。村で集めた祭壇への捧げものであったが、それらでルクスをもてなそうとした。ルクスの事を理由なく気に入った事で、もてなしてやりたいと思ったからではあるが、祭壇の供物を自分の身勝手な想いで使う事で、村の連中や何も与えてくれない精霊信仰への小さな小さな反抗であり、同時にこれまでの自分という人間の生き方への否定をオムナの中では意味していた。


 一晩経って白く燃えつきた薪の上に更に薪をくべ、オムナは手をかざし「ガレ・ブリーズ」と唱え、かざした手から風が送られ燻っていた火種を煽った。


 「......それが魔法というやつか」


 ルクスはオムナの動きを不思議そうに見ていた。


 「魔法とは言えないぞ、こんなもんは。子供だってできるぞこんなも......出来ないのか?」


 ルクスは、頷き「魔法を見たのは初めてだ」と何か思うところがあるのか少し低い声で呟くように言った。


 が、すぐにルクスはオムナに魔法について色々な質問を口にした。質問するルクスは何やら嬉しそうな様子だった。魔法を知らない、何て奴がいるのか?とオムナは疑問に思った。


 オムナは生まれてこの方この地を離れた事がない。しかしこんな辺鄙な場所でも外からやってくる奴はたまにいる。いけ好かない行商人やイカレた旅人なんかがほとんどだが、そんな奴らからでも外の世界、隔絶された辺鄙な村の外の情報はもたらされ、それらは村の噂話のネタになり真偽は分からない情報なのに、いつしかそれは村の常識の知識の一部になる事が往々にしてある。


 オムナはある意味村の外側にいる人間、村からハブられた人間からすると、それら歪に肉付けされた狭い世界での常識ってやつが気持ち悪く映っていた。しかし村の奴らと同じことしかわからないオムナにとっても魔法を知らない人間がいるなんて話は聞いた事が無いが、ただ俺が、村が知らないだけかと思えばそっちの方が正しい気がする。


 何より嬉しそうに聞いてくる男に答えてあげたい気持ちがすぐにそんな村の事情なんてちっぽけな事は飲み込まれ、自分が知っている事をたどたどしく説明した。人と話すことなんてあまりないオムナにとって自分が上手くしゃべれない事に気恥ずかしさがあったが、一言二言と自分が発するたび、自分の言葉に明らかに興味を持ってくれていることがわかる。


 更に自分の発する言葉に喜んでくれている事が伝わって来て、次第に気恥ずかしさも忘れ、家族を失って以来か、もしくは生まれてこの方、初めてであるぐらいに知っている事を沢山喋った。


 魔法についての話が終わると、ルクスはこの大陸や土地、国や人々の風習、オムナ自身の事などなど沢山の質問をした。オムナはルクスに振舞うための料理、といっても鍋に調味料のようなものと食材、外の雪を鍋に入れ煮込むだけの粗末なものだったが、それを作りながらも、できあがったそれを二人でたべながらも、口や喉を休める事無く、ルクスの質問に対して自分が知っている事全てを喋った。


 ただただ楽しかった。ルクスは話すことが楽しい事だという経験を初めてした。言葉とは呪いであり、喋る事は自分や他人を傷つけ、しばり、苛むための行為だと思っていた。だが言葉を使い、求められたことに答える。たったこれだけのことが楽しく、喜びを生むものだとは思わなかった。


 そしてそれは目の前の男だからこそこういった感情になる事に当然ながらオムナは気付き、そしてそれはこの場所の外にある物や人に自分の喜びがある可能性をしった。


 最後の家族だった妹が死んだ若き日、ただ一人亡きがらを埋葬するための穴を掘っている時にオムナは村を出ようと考えた事があった。だが、勇気が無かった。怖かった。親の教えや巫師の役割を言い訳に村に留まり、心の中で狭い世界の不満を愚痴りこれまで生きて来た。


 あの時、村を飛び出していれば目の前の男の様な人間と出会えていたかもしれない、自分を満たせる場所を見つけられたかもしれない。ふと視線を落とし年老いた皺だらけの手をみると、ああ自分は今後悔しているのだとオムナは感じた。


 ルクスからの尽きる事のない色々な質問にオムナが答える形で話し続け、次第に日は傾き夜の帳が降りていることに気付かないほどオムナは湧き出る様々な気持ちを感じながら話すことに夢中になっていた。

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