第4話

 神聖な祭壇と村人達から言われているただのボロ小屋に突然見知らぬ男が現れた翌日。オムナはいつものように生きるため、祈りを捧げに小屋に赴くための準備を始める。数十戸ほどしかない村の家屋の戸を全て叩いて周り、その日の供物と祈祷の布施、つまりオムナ自身の食糧を集めてまわる。


 オムナが戸を叩き、家屋から顔を出す村人の殆どが無表情で一言も発する事なく、ただ粗末な物を無愛想にオムナに渡すだけだった。例外も一部いる。オムナが毎日最後に訪ねる家、アルカ村の村長の息子ビジはオムナに対して必ず嫌味を言う。


 ビジはオムナと殆ど同じ年齢で小さい頃からオムナの事を目の敵にしてきていた。自分が村の中で村長である父親の次に偉い立場であるはずだと信じており、村長とは別に特別視されている巫師の家族、特に自分とほぼ同じ歳のオムナの存在を嫌悪していた。


 村長は高齢であり近々ビジに役割を引き継ぐと村の中では話されていた。ビジは表だっては口にしていないが自分が村長になれば慣習化している精霊信仰を排して毎日行われる捧げ物をなくす意向だと周囲に漏らしていた。


 毎日粗末な物とはいえ、日々の生活が苦しい村人達は皆心の中では供物を辞めたいと思っていて、精霊信仰に懐疑的な考えを持っていた。毎日毎日、供物を求めてくるオムナに対して信仰に関しての不満が静かに向いている状態でもあった。


 ビジが村長となり、オムナを排して精霊信仰を辞める事を反対する物は殆どいない状況になっていた。そして、人との関わりを嫌っているオムナであってもビジの事、自分が村から排される可能性があることは伝わってきていた。


 ビジを元々嫌っていたオムナは、ビジの思い通りになってしまう事に腹立たしい気持ちはあるが、しかし何より自分自身が精霊信仰を信じていない。むしろ信仰もお前も不要だと村から追い出された方がせいせいすると近頃考えるようになってきていた。村を追い出されれば、おそらく野垂れ死ぬ事になるだろう。


 だが、それでも信じていないものを信じさせられ生きながらえるなら、いっそ死を選んだ方が楽なんじゃないだろうかと思っていた。病で死んだ両親よりも歳をとった。惨めに生きながらえる事に価値なんてあるのだろうか、死への恐怖心だけを理由に死なない事に意味はあるんだろうか。


 最近オムナは自分に問うように祈祷の最中に自問自答していた。オムナは村人の家々を周り最後に村長の家へ赴き戸を叩く。いつものように村長の息子ビジが顔を出し侮蔑するような目でオムナを見て口を歪めて嘲笑った。こうすると無関心を装うオムナの目に悔しさが浮かび、それを見る事がこんな不自由な辺境の村に生まれてしまった自分の不幸の憂さ晴らしになるとビジはいつも思っていた。


 しかしこの日は何やら様子が違っていて、オムナの目には悔しさが浮かぶ事はなく、むしろ何か楽しそうな、そんな風にオムナの表情や雰囲気がビジには映った。それが無性に腹立たしく、ビジはオムナにいつも以上に馬鹿にするような言葉をぶつけた。


 オムナはビジの言葉にピクリと少し反応するが、しかしビジが期待する程の悔しさや惨めさは感じられず、それが更にビジをイラつかせた。更にオムナに言葉を浴びせようとしたところで家の奥にいたビジの父である村長が姿を現した。


 さっさと巫師に供物を渡せとビジに言い放ち、渋々オムナに供物が入っているであろう袋を投げつけてオムナを睨み戸を閉めた。オムナは投げつけられ地面に落ちた袋を拾い、背負うカゴに入れた。


 村人はどいつもこいつも精霊なんて信じちゃいない。俺だってそうだ。じゃあなんでこいつらは毎日毎日俺の事を蔑むように見下すように見ながら自分達の貴重な食糧なんかを捧げる?怖いからだ。いないかもしれないが、いるかもしれない不確かな存在からの怒りを恐れている。それを生まれた時から刷り込まれちまってる。なんだかひどく滑稽だな。ビジも村の奴らも、俺も。


 普段であれば、村人達への罵りをぶつぶつと呪文のように呟きながら小屋へ向かう道中だが、今日のオムナはそんな気になれなかった。そういった行為、自分の感情がひどく小さく、ひどく虚しいことだと感じた。


 どうしてそう感じるようになったのかはオムナ自身分かっている。あの男に出会って、何かが変わった。言葉を交わすことはほとんどなかったが、あの男の存在感に圧倒され他の事、自分の事などひどくちっぽけに感じさせられた。そして不思議とあの男にもう一度会いたい、話をしてみたいという気持ちが湧き、心が弾んでいた。


 村を出て、山に近づくにつれ寒さと強さの増す風を受けながら、森を抜ける。足取りは随分軽い。オムナは小屋に着き、戸を叩いた。今まで自分より先に小屋に誰かがいる事がなかったから、自分が来たことを知らせるために戸を叩く強さに迷いがでて、思いの外、叩く力が弱くなってしまった。


 戸を叩き直そうとしたが、その前に戸が開けられた。戸をくぐり外に出た男をオムナは改めてデカいと思った。全身を民族衣装の様な物をまとっているが衣服から露出している手はごつごつとしていて、隆々とした骨と肉がまるでなにかの武器の様な硬さを思わせる。そんな手を見て恐怖を感じた。あんなもので頭を叩かれたら......。


 「昨夜は助かった。ありがとう」


 手を凝視していたオムナは掛けられた声にはっとなり、声の主の顔を見た。昨日見た通り、髭で毛むくじゃらになった顔には、吸い込まれてしまうような美しい碧い瞳。しかし、よく見ると瞳には美しさとは別の若干の幼さも感じた。それはかけられた声にもだ。昨夜聞いたしゃがれた様な声ではなく、いや、しゃがれは少し残っているが少し高く、若さを感じる声だった。


 「なにか、俺の顔についているか?」


 気が付けばオムナはしばらく男を見つめていた事に気が付き、しまった!と思い焦った。気を悪くさせてしまっただろうか。


 「お、おお。その、なんだ。よく、眠れたか?」


 「ああ、おかげさまでゆっくり休めたよ」


 オムナは声を聞く限り男が怒っていなさそうな事に安堵した。


 「改めて感謝する、俺が初めて会った《世界》の人よ。差し支えなければ、あなたの名前を教えていただけないだろうか?」


 初めて会った?《世界》の人?なんだかよく分からないがオムナは自分の名前を男に告げた。


 「そうかオムナというのか。俺はルクス、《果て》のルクスだ」

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