第3話

 「あ、う、あ」


 オムナは、尻餅をついたまま目の前の化け物を見上げ、恐怖に口や喉を震わせた。恐怖に身動きが出来ないこともあるが、一方でオムナ自身気づいていないが目の前の影に浮かぶ碧色の二つの瞳の美しさに惹かれていて目が離せないでいた。


 「すまないが、ここで休ませてくれないだろうか?」


 突然、化け物が話しかけてきた。男だが若く、少し幼さも感じる様な声色だった。えっ?声を聞いたオムナは、驚くとともに突然の恐怖に苛まれた思考と視界が徐々に明瞭になっていった。化け物と思った大きな影は、外の光を遮り暗くて見えずらいが人だった。


 「だめだろうか?」


 「あ、あぁ。いいぞ」


 男に再度尋ねられ、反射的に答えた。尻餅をついた床から立ち上がり、男を部屋の中央にある炉の前に招いた。男は、助かると小さな声で力無く呟き、入口の戸を閉めオムナにまぬかれるまま、炉の前に座った。


 オムナは燻った炉の炭の上に新しい薪をくべた。しばらくすると炭から薪に火が移り、火は徐々に大きくなり、薄暗い小屋の中を照らした。オムナは炉の火を見つめながらも、チラチラと炉の火に照らされ先程ははっきり見えなかった、突然の来訪者の姿を見た。


 まず、身体がでかい。背が高く体格がいい。村で一番体の大きな若者よりも一回りでかい。身につけている服、恐らく何かの動物の毛皮だろうが、見たことのない不思議な紋様があしらわれている。本来であれば美しいものであろうと簡単に想像できるが、酷く傷んでいたり汚れていた。


 顔には顔の大部分を覆われて長く伸びた髭の合間から、いくつかの深い傷が見え隠れしていた。何より男の特徴として目立つのは、澄み切った碧い両の瞳と金色の髪だった。瞳は宝石の様に美しく、髪もまるで春の陽を纏った様な柔らかく美しい金色だった。


 見たことも聞いたこともない容姿に、明らかなのはこの周辺の人間ではないというぐらいで、生まれてこの方、辺境の地から出たことのない、村が世界であるオムナにとって、男がいかに特異な存在であるか想像する事は難しかった。


 「な、何か飲むか?」


 しばらく沈黙が続いたのちオムナが男に話しかけた。オムナは決して人当たりがいい人間ではなく、むしろ人を遠ざけてきた人間だった。家族を失ってからはより卑屈になっていった。そんなオムナだが男との間に流れる雰囲気には耐えきれず、自ら話しかけた。男からは、何か強い圧力の様なものを感じていた。同じ人として、生物として、存在として、自分とは大きな差があるように感じさせられていた。


 「助かる」


 男の返事を聞いて、村から自分用に持ってきていた革の水筒から木製のコップに水を注ぎ、男に手渡した。


 「ありがとう」


 手渡したコップを受け取る際に男は、ぎこちなさが伝わる笑みを浮かべた。笑顔が苦手なのがすぐに伝わるが、それでも感謝を表そうと努力している事が伝わってくるその表情にオムナは不思議な気持ちになり、なんとなくこの男は悪い奴ではなさそうだと思った。


 コップに注がれた水を男は一気に飲み干した。喉が渇いているのだろう、もう一杯どうだと男に水筒の口を向け、男もうなづきまた水を注ぎ、飲み干す。そんなやり取りを数回続けると水筒の中の水は直ぐになくなり、また沈黙が二人の間に続く。


 「腹は減ってないか?」


 オムナは尋ね、男はうなづく。オムナは小屋の奥にある木製の台座から、魚の干物の様なものを炉の火で炙った。香ばしい匂いが小屋を満たし、頃合いを見てオムナは炙られた干物を木皿に置いて、男に手渡した。男は、干物を口にしすぐにたいらげた。オムナは食べる男の姿を見て何故か嬉しい気持ちになった。


 会話を、することは少なかったが、特にオムナは男の考えていることがなんとなく分かるような気がしていて、またその事が何か特別で喜ばしい事のように感じていた。気がつけば男に小屋で寝泊まりする事を提案していた。男もオムナの提案を受け入れて一先ず今晩は小屋で過ごす事になった。


 オムナは男を小屋に残し暗くなった森を村に向かって歩いていた。村から小屋に行くには一苦労な道のりで、小屋は神聖な祭壇だと昔から村人は言っているが、神聖だから巫師しかたち入れないと理屈を捏ねてただ小屋の管理をオムナの血族に押し付けている、押し付けてきただけだとオムナは思っていたから、神聖な小屋を得体の知れない男に使わせても村人から気付かれる事なんてないだろうと考えながら村にある自分の家に帰った。


 

 オムナが去ったあと、男は炉に焚べられた薪の小さくはぜる音を聞き、揺れる炎を眺めながら酷使し痛んだ身体がゆっくりと内側から修復されていくのを感じながら目を瞑り、横になった。


 真っ暗な瞼の裏側はゆっくりと色づき風景を映す。氷の大地に立つ、小さな男の子と女性。長い金色の髪と紫がかった青翡翠の瞳の女性は、男の子の手を繋ぎ、こちらに微笑みかけている。


 男の子は、無愛想な表情だが、自分と女性の面影を重なり合わせたような容姿に愛おしさを感じる。幸せな過去、幸せだった過去を夢見ながら男は深く眠りについた。


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