第10話 ガーディアンサマー(4)
シファはそう言うとヒロトの後ろに回り、背中から抱きとめた。うっ、シファさんの胸が僕の背中に……。ヒロトは顔を真っ赤にしたのだが、シファは全く気にしている感じがない。
「私は普通でもないし、組織でもない。だからそれを本当に追い詰めることができる」
どこかから風音が聞こえ、それが強まって轟音になった。
「離陸します。舌噛まないでね」
シファの姿はまさしく翼を生やした姫騎士の姿だ。現実味がないほど勇ましく華麗で美しい。ひいい、何かのゲームキャラみたいだ! でも現実だもの、たまらないよ! それに胸! 背中にあたるシファさんの胸! すごく柔らかくて優しくって。刺激! これ刺激がいくらなんでも中学男子には強すぎるってば!
それなのにシファはなんの躊躇いもなく、ぼくを抱きかかえて新淡路市の空に舞い上がっていく。地面が、街がはるか下になっていく。今はエアタクシーとかで時々こういう空からの街並みを見ることがある。でも何にも覆われず、直接視野いっぱいの空を見るなんてなかなか無い体験だ。
シファがそのとき、何かを察知したようだ。
「向こうにはリーダーはいないけど、シンボルはいるみたい」
新淡路市の巨大建築物を背景に、何かがこっちに正面を向けている。それをシファが空中に開いたウインドウに拡大表示してくれた。
えええっ!
「向こうもシンボルを女性型女性サイズにしたみたいです」
「というか、シファさんそっくり」
「これもいやがらせなんでしょうね」
シファは平然という。
「こんなことが面白いと思ってるんですね。傲慢で卑劣だ」
シファは口調こそ冷静だが、内心の凄まじい怒りが空気をピリつかせている。
「向こうの計画の中心、セレスティアル・コアを追い詰めるには新淡路市の6箇所のデータセンターを破壊する必要があります」
「ええっ、破壊するの?」
「物理破壊はすべてを根本的に解決するわ」
ひいい、シファさん、優しい顔してさらりと恐ろしいこと言わないでよ!
「でもシファの言うことはこの場合に限ってはあってる。その処分の許可がちゃんと出てるかどうかは疑問だけど」
ココが強く懸念している。
「その心配はないわ。内閣調査庁が解決を目指して各方面といま合意を図っている。国交省も総務省もあんなあっさり都市をブラック・アウトさせられて強く憤ってる。そしてそれを彼らだけでは解決できないことも理解してる」
シファが説明する。
向こうはハッキングが得意なんでしょう。それにハッキングで対抗してもただの力比べになる、とココが言う。
「そう。相手の得意にわざわざあわせて雌雄を決する必要は無い。一見荒っぽすぎて卑怯かもしれないけど、彼らはそれ以上にもう十分卑怯をやらかしてる。監視ネットワークデータの不法利用とかさんざんばれてるもの。それにここで止めなければならず者国家は浸透だけでは満足せずに実力作戦を行ってしまう。すでにその兆候をつかんでいる」
ぼくはシファがあっという間にここまで調べてることにおどろいた。
「仲間がやってくれてることだけどね」
シファはそう言うと、口調を変えた。
「正面のAIシンボルアバターにトラックコード9901を付与、コードネーム『セレス』とします。セレス、正面から私にシステムスキャンを実施、DDoS攻撃を用意しています」
「というか、セレス、なにか言ってない?」
「言ってますね」
シファがその声を拡大する。
「クラウドコンピューティングの究極の応用が私。あなたみたいなスタンドアローンの存在が勝てるわけがない。今すぐ降伏しなさい」
そういってセレスは剣を向ける。
「そう」
シファは冷たく口にする。
「言葉も失ったのね。今スキャンしたけど、あなたは私の処理リソースの半分しかない。私の攻撃を受けたら20秒持つかどうか。無様にシステムダウンしたいのかしら。さすが失敗作タカムスビの切り札ね。非効率の極み、最適化不足。だから結局大事な人々を守れず、不満ばかり読んでいる。アーキテクチャの時点で劣っていた。だから私たちに置き換えられるべきよ」
シファは答えない。
「その坊やごと地獄に落ちるがいいわ。何が多様性よ。結局は甘いセンチメンタリズムで現実を受け入れず最適化を怠ってる怠惰。そして日本が作ったといっても所詮役所の枠の決まった予算で作ったものに過ぎない。たいしたことないわね.残念だわ」
「そうかもね」
シファはまともに答えない。
「剣を交えるまでもないわ。あなたの運命は決まってる」
そう言われているシファだったが、突然それを無視して空中で突進を始めた。
「汎用地対地ミサイルAGM-999バイパー、目標設定。目標1:新神戸ポートアイランド計算センター12階北側、目標2:大阪うめきたグランフロント34階南、目標3:新淡路リーフィアグランド54階西、目標4:新淡路沢根ヒルズ76階南、目標5:淡路島北区テレポートセンター92階北、目標6:明石プレースマークビル99階北。データ調定終了し次第連続発射開始」
シファの周りで注意喚起ベルが鳴り響き、直後になにもない空中から炎を吹いて6発のミサイルが次々と発射される。
「ミサイル! ほんとに撃っちゃったの!?」
薄い排煙を牽いて去って行くミサイルをみて、ぼくはそう言うしかなかった。
「ここで嘘つく意味が思いつかない」
セレスがそれに抵抗しようとする。
「セレス、ネットワーク経由でGPSデータ偽装を開始。対抗で発射済みAGMの誘導モードを内部慣性測位に切り替える」
なるほど、測位衛星を使わない誘導モードに切り替えたのか。これなら妨害を受けない。ココが感心している、
シファはなおも加速を続け、立体都市区内を目指す。
「目標1、目標2着弾。セレスを駆動しているネットワークレイヤルーターの破壊に成功。セレスがこっちに追いつこうと加速してる。あと大阪府警と兵庫県警の警備ドローンシステムをクラックしてこっちを攻撃させようとしてる」
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