第9話 ガーディアンサマー(3)
「今私が対決している相手は、とある書類を探しています。現在逮捕令状の準備の進む政治家の不正を記したテキストファイルです。政治家はそれを本の中をくり抜いてその中にそのファイルを収めた大容量チップをいれた。そしてそれをなんと図書館の本の返却ポストに入れてしまった。図書館の蔵書ではないその本は図書館員に発見されれば、返却ポストに記録された彼に『まちがいですよ』と返却される。でもその間に警察検察が家宅捜索をすれば? そのチップの秘密は図書館の中で守られ、彼は検察の追及をまんまと免れられる」
「でもそんなチップ、あの本にはなかったよ」
「ええ。チップが入っていた本は別でした。でも彼の仕掛けたマイクロビーコンは、返却ポストの中であなたの読んだイタリア空軍の本に移ってしまったのです。そしてその捜査当局を出し抜いて政治家を脅迫しようとするビーコンを追跡した悪しき勢力は、あなたが秘密を運ぶ運び屋だと誤認し、あなたを捕まえようとしてるのです」
「じゃあ、駅の停電は? シファさんが起こしたんじゃないの?」
「私のタッチがトリガーになってしまいましたが、私が停電させたのではなく、私の存在を察知した相手が足止めをしようとしたのです。私はあのとき14区中央図書館であなたを見つけ、あなたを保護するように命令されていました。でもそれより前に駅であなたと出会った。あなたの行動パターンは分析していたけど、会合するのが早くできた」
そんな経緯だったなんて。
「でもあなたを捕まえ、場合によっては『消し』てもいいと彼らが思っていることはわかりました。だから」
シファは口を結んで、言った。
「これから彼らに思い知らせます。自分たちはいったい何を敵に回してしまったのかを」
「でも彼ら『悪しき勢力』ってどういう存在なの? こんな都市を停電させたり、車を暴走させたり。暴力団?」
「今は暴対法のお陰で暴力団は壊滅した、ということになっていますが、彼らは未だに反社会勢力ということで現在水面下で活動しています。むしろダークネットとよばれる一般に知られないネットを使った組織に変貌し、本拠をこの日本から移してリモートで悪事をおこなっているのは有名です。でも今回はそれよりもっと致命的で深刻です」
「え、どういうこと?」
「現在の警察は犯罪予知システム『タカムスビ』を運用しています。統合行政ネットワークとともにさまざまな監視ネットワークのビッグデータを使います。大昔の映画に習って無計画な衝動による犯罪では赤色、計画的な犯罪では茶色のボールを出力して警察に予知させ事前に対策させる画期的なシステムです。もちろん個人のプライバシーを侵害しないように、セキュリティがかけられ、予知するのは大規模組織犯罪に限られています。しかしそれに不満を持つものがいる。せっかくの犯罪予知なのに十分な活用とは言えない、と。それは政府部内でも論争になっていて、タカムスビよりも精密で強力なシステムを開発すべきだという主張があります。先月の総務大臣暗殺未遂事件もあって、その主張はますます強くなっている」
「それとどういう関係が?」
まさか政府を割る、というわけじゃないでしょう?
ヒロトの言葉にココが付け加える。
「彼らはそうしようとしているのです。ビッグデータを使って人々の社会への貢献度を割り出し、それに応じて投資配分しようとか、投票の重みを変えようとか」
「一見良さそうに思えるけど。だって頑張って社会貢献した人にはそれなりに報いるのは当然じゃないの?」
「そう思うかもしれません。でもそういう貢献度で単純に人々を分断したら、障害のある人、無職の状態の人、体が動かない老人などは貢献度が低いから社会として冷遇や無視していい、ってことになりませんか?」
「あ……!」
ココもブーイングを上げていた。さすがココは頭が良いAIだ。ぼくが気づかないことに気づいている。
「実際それをやってしまった国があります。かつてのナチスドイツはそれをT4作戦として組織的にやってしまった。社会に貢献できない障害者を社会統計調査という名目で実態調査し、その結果で障害者を集め、収容所に運び、恵みの死として彼らを殺し、火葬にした。その結果7万人が死んだところでミュンスター枢機卿が公開でそれを批判して、それで一旦その安楽死政策は中止されたはずだったけど、隠れたところでそれは続けられ、最終的にその犠牲者は20万人にもなった。とんでもない話だけど、今でもその社会的ダーウィニズムと優生思想がなぜだめなのか学ばなかったり忘れてたり理解していないものはこの現代社会にも多くいる。障害者は社会に迷惑をかけている、とか、病人には病気であることで得をしている、とか」
「そうじゃないの?」
ココがまたブーイングをする。
「あなたは社会経験がまだないから実感できないかもと思う。障害者は生まれつきだけでなくあとから怪我でそうなる人もいる。そういう人を排除していったら、何が残りますか? 健康でなければ生きていなくていい、となったら、不慮で怪我をした瞬間に無価値だから社会から排除してよくなってしまう。恐ろしくないですか?」
「……たしかにそうだね」
「病人が楽をしているというのもあまりにも無理解なんです。病を抱えて生きることがどれだけ辛いか。元気なら旅行も遊びも、仕事も自由にできる。でも病人はそれができない。治ればまたできるから必死に治そうと頑張っている。彼らが病気でいていいことなんて一つもない。健康が最大の宝とはそういう意味です。でも彼らを排除していったら? この社会は支える人が誰もいなくなります。ちなみに知的障害の子どもの自殺率は統計が存在しない。でも彼らの死因のほとんどは病気の発作によるものか、不慮の事故。そして死亡率は一般の子どもの10倍にもなる」
「えええっ」
「彼らの内面には普通の人間は思い及ばないでしょう。でも彼らにも当然心はある。でもうまく表現できない。だから精神医学の治療も受けられない。この社会では成人した知的障害の人はめったに見ない。多くは死ぬし、生き残っても施設に閉じ込められている。そういう人を無価値だとか、社会の荷物なんて言うことのどこが現実的なんでしょう? でも日本でもそれで障害者を大勢殺害したものがいる。障害者でも親にとっては子どもだし、愛も注いでいるし、守ろうとしてきている。だって自分の子供ですから。でもそれを無視して殺した愚か者がいたし、それに疑問を持たないものも、あとからその愚行を肯定するものもいる」
「人間とは思えない」
「そうです。この人間社会には人間の皮を被ったそういうとんでもないものが紛れているし、それを批判もしないものもいる。そしてその結果、障害者をそもそも生まれないようにしようとか言うものも出てくる。そういう人間が行政に入り込むことを完全に防ぐこともできない」
「そんなひとが」
「そういう人々がタカムスビよりも優秀なシステムを構築したという。もちろんそんなものを許すのは論外です。でも彼らは批判を聞き入れず、それを作って、タカムスビだけでなく行政ネットワークまで侵食しようとしている。そしてそのために政治家を脅迫すらしている」
「それが今回の悪役?」
「おそらく。目立つ個人の悪役が居れば構図はわかりやすいでしょう。しかし今回、そんなものはいない。みな間違った善意でとんでもないものを作って、善意でそれを運用しようとしている。組織の名も無い。リーダーもいない。資金もごく少額の決済が積み上がっているだけ。それを摘発するには各個人の発信源を開示して詰めていくしかないけど、現在すでにこの新淡路市も日本も遅すぎて追い詰められている。こうなると通常の組織では対応できない」
「じゃあ、阻止できないの?」
「それは、『通常』の『組織』でなければ、いいんです」
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