第8話 ガーディアンサマー(2)
すごく正直なことを言うと、こういうことを想像してコーフンしたことは何度もあった。ボーイミーツガールで、しかもその女の子を自分の知恵と勇気で守り、そして結ばれる。そんな幸せな話は自分にはないと思っていた。ただ本や漫画、アニメに触れているだけで体力はないし知恵もない。ほんとうにごく普通か少しその下の程度の自分にあり得るわけがない。だから想像しては無理だ、と頭の中で捨ててきた。
でもこれは本物だ。遊園地のVRライドのストーリーでもない。明らかに自分がこの体験の主人公になってる。
彼女はその瞳でぼくを見上げた。その視線にぼくの胸はドキンと鳴った。胸が鳴るってほんとうなんだ、と改めて思った。
守りたい、と思った。武器も、それを使う知恵も力もないけど、なんとかしたかった。
でも、具体的にどうしたらいいんだろう? 何もかもが途方もない。
ぼくにはどう考えてもこのシチュエーションは荷が重すぎる。
そのとき、ぼくの視野にぼくがいつも使っているAIアプリ「ココ」のアイコンが震えて浮かんでいた。
「ココ、こういうとき、ぼくはどうしたらいい?」
ヒロト、この女性を守りたいの?
「もちろん」
そうか……。
ココはなにか考え込んでいる。
「なんかあるの」
そりゃあるよ。だってこの女性の正体は……。
「えっ、何かあるの?」
ココは変な震え方をしている。
「ちゃんと言ってくれよ……言葉にしてくれよ。なんでこんなときに変になってるんだよ」
ぼくはココに抗議した。
ヒロト、悪いことは言わない。今すぐこの人から離れるんだ。
「え、なんで?」
この人の秘密、きみにはとても手に負えないよ。
「そうなの? なんかやたらドジな女の人だなと思ってるけど」
ドジ? ヒロトは本当にここまでのことをすべてこの人のドジだと思ってるの?
ココが呆れた口調で返す。
「どういうことなんだよ!」
ぼくは軽く苛立った。
「だって、狙われてるのは」
ココがいいかけたとき、彼女がいった。
「言えなくてごめんなさい。私、あなたの護衛任務を与えられているの」
ぼくは理解できなかった。
「えええっ」
次の瞬間、ぼくは驚いて声を上げていた。
「なんで?」
理解が全く及ばない。
その時、ドローンが飛んできてかすめていった。いまどきドローンなんか珍しくない、と思ったけど、そのドローンが旋回して僕に向けてまた突進してくる。
これは明らかに普通じゃない! 安全装置の規制を突破して人を襲うドローンはこういう民間地域ではとても珍しい。
戦場じゃあるまいし、どうなってるんだ!
「ちくしょう、なんなんだよ!」
ぼくはそんなドローンに立ち向かおうと階段になぜかおいてあった掃除用のデッキブラシを手にとった。
ドローンは容赦なく突っ込んでくる。それを弾き返そうとぼくはブラシをふるった。
そのとき、光るなにかが視界ごとドローンを袈裟懸けに切り裂いた。
「何?!」
切り裂かれバラバラになったドローンに、デッキブラシでそうなるわけがない、と見ると、それは彼女のふるった光り輝く剣の太刀筋だった。
えっ、なんでそんなもの持ってるの、と思うより先に、彼女のワンピースの背中が膨らみ、はじけて白い翼になった。
えええっ! 現実味のない変身姿にぼくは圧倒された。
ドローンは更に群れになって襲いかかってくるが、彼女はそれを剣だけでなく、空中から吹き出す青白いレーザービームを乱射して焼き払う。
そして彼女はふるった剣を休めて、青く輝く姫騎士のような鎧をまとった姿になっていた。
「連合艦隊特等時空潮汐力突破戦闘艦BBNX-072シファリアス、あなたを護衛し、この街の危機を救う任務でここにきました」
彼女はそう名乗った。
戦艦? 時空潮汐力? 何だそれ……。いや、時空潮汐力装置はワームホールで異なる時空をつなぎそのエネルギー差を使って動力源とする、核融合を超える最新のエネルギープラントだって中学の授業で少しやってたけど、新技術でまだまだ開発中じゃ? しかもそれは巨大発電所に設置する装置の技術って話で、この普通の背丈の女性とどういう関係が?
湧き上がる無数の疑問符がヒロトの頭の中を目いっぱいに圧迫する。
だいたいこのシファ? さん? 駅で眠そうな顔して改札機のカードタッチ失敗して停電起こしてたのに、今の顔は同じ顔でも表情が違いすぎる。
今の凛々しいその顔はすこし誇らしげで、すこし冷たく、そしてすこし甘い。
まさに本物の戦うヒロインの顔だ。
アニメや映画で見てきたそういうものが実在しているだけで驚きだが、それが自分を守ってくれるという。
「え、えと」
言葉がぜんぜんうまく出ない。アニメだったらこういうとき、ぼくのような立場のキャラだったら気の利いたセリフでも言うのだろうが、僕はすっかり理解も及ばず、いっぱいいっぱいだった。
「どうしてぼくがこんなことに?」
しばらくしてそういうのがやっとだった。
「不条理かもしれません。でもそれなりに理由はあるのです。あなた、14区の中央図書館でこの本を読みましたね?」
彼女はホログラフィをつくって表紙を見せた。それはイタリア空軍のかつての飛行艇の解説書だった。たしかに覚えている。素晴らしい図解と説明文があって、ぼくはそれにかつての地中海の空を行き交った飛行士たちの気持ちに思いを馳せたのだ。
「この本にはマイクロビーコンが仕掛けられていました」
へ? なんで?
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