プラスティックの姫騎士戦艦

米田淳一

第7話 ガーディアンサマー(1)

「ちっくしょー」

 ヒロトは中学生で、もちろん童貞である。そして発達途上の性の常として、今日も学校でにわか雨に遭った女子の同級生たちの姿に今更になって情欲を感じてしまっていた。

 だいたい女子はみんな、ぼくみたいな男子をからかいすぎだ。その気も無いくせにほっぺた触って「ヒロト君いつも真面目だもんねー」とか。それで照れて俯くと胸が見えて余計顔真っ赤にするハメになったり。この前放課後に教室で女子4人が残って相手がぼく一人になったら「ヒロト、せっかくだからエロスする?」なんて。ひいいい、ってビックリしてたら「え、するわけないじゃん。なに本気にしてるの? もーむっつりスケベだなー」と笑うとか。どうしてあんな生意気なんだ。それなのに毎回ぼくはそれでビックリして、その上後で思い出すとそんなのに股間立っちゃったり。

 特に夏が近づくと女子の服がやたら薄かったり肩でてたりして、とてもじゃないけどまともにそんなの正面から見られない。それでもちょっと見ちゃうと毎回今ぼくの股間立ってないよね、ってドキドキする。

 なんなんだよくっそー。どうせモテないぼくなんだ。夏なんか関係ないから早く終わらないかな。面倒くさいなー。やだなー。

 夏の雨の匂いを含んだ風の吹く駅を降りてそんなことを内心考えていると、目の前を白い翼がフワッと過ぎた。

 え、翼? なんで? と思ってみると、それはフワリと風になびく女性の白いワンピースだった。

 その彼女はそのまま構わず改札機に交通カードを当てた。

 随分キレイな人だなあ。ああいうの見るのは情欲というより美術品見てる感じで品が良くて、ただ感心するんだよなー。ウチのクラスのやたら太ももとか肉付きよくて生々しい女子とは違うんだよ。ホント。

 その彼女が改札機にカード当てたその時、ブツン、と駅の照明や改札機、券売機から駅員さんのいる事務所までが一気にすべて暗くなった。ブラックアウト? 停電?

「ええっ、これ、私のせい?」

 その女の人はうろたえているように見えた。年の頃は大学出て大人になったばかりの感じ。サファイア色の眼はタレ目で顔は甘い感じに少し長めの髪。

「駅員さーん」

 ちっ。さっきのは撤回。タダのドジな女の人だ。時々いるよ。ああいう人。

 一瞬そう思ったが、それなのになぜかその顔が忘れられない。サファイアの瞳の深さも、周りに纏う雰囲気も何かが違う。なんでだろう。

「どちらに行かれるんですか?」

 ぼくは自然と彼女にそう聞いていた。

「ありがとう。困ったなあ。これから14区に行かなきゃ行けないのに」

 彼女は眉を寄せている。

「案内パネルも全部ブラックアウトしてますもんね」

 ぼくはそう言いながら自分の端末のホログラフィを見た。

「このNR淡路線じゃなくて淡路急行はまだ動いてるっぽいですよ。そっちに乗り換えたら行けるんじゃないかな」

「ありがとうございます! そっちで行ってみます!」

 女性は中学生のぼくにも丁寧にそう答えて礼をした。

 だがその時、事務室から駅員さんがでてきてメガホンで「淡路急行も先ほどから運転見合わせしております。お急ぎの方もここで待つか、タクシーを呼んでください。代替バスの運転もまだございません」と案内をはじめた。ありゃりゃ。

「もー、しかたないなー。ぼくも14区の国会図書館に用事あるから、一緒に行きましょう」

「そうですか。ありがとうございます!」

 そう言う彼女の声は、すごく何かアニメのヒロインっぽくて、ぼくもそういう物語の登場人物になったような錯覚に襲われた。


 それが、その夏の奇妙な冒険のはじまりだった。



 この新淡路市は40区までの立体地盤かアーチからぶら下がる形で重なる超立体都市で、全高は2041メートルにも達する。上と下で気圧も少し変わるほどの極高層環境建築、アルコロジーだ。そのアーチのおかげで免震機能も持っている日本の22世紀の新首都である。僕はその中で生まれ、親と暮らして学校に通い、遊び、ご飯を食べて暮らしている。たぶんこれからもこの都市のなかで恋をし、結婚をして、子供も出来て、そのあとじいさんになって死ぬんだと思う。ほとんど想像もつかないけど大人たちは皆そうしている。そしてぼくにそれと違った人生を願うには知識も行動力も不足しているのは思い知らされている。

 ぼくはぼく自身の幼さに苛立つ程度にはマセているのだ。

「これ、ハッキングかな。ランサムウェアとか。最近ダークウェブでハッカーの活動が活発になってる、なんて話がありました」

「詳しいんですね」

 彼女はそう首をかしげて聞いている。

「まいったな……」

 代替バスもまだ手配されてないので大通りで自動タクシーを呼ぶことにした。お金どうしよう、というと、案内してくれるんだから私が払うわ、と彼女は言った。

「あ、来た! 多分あれね!」

 無人で回送されてくるタクシーに彼女が手を振る。

 だが、そのタクシーの運転がおかしい!

「逃げて!」

 ぼくは彼女のワンピースを引っ張った。その直後、近づいてきたタクシーはそのまま歩道に立てられた腰までの高さの防護用の柱、ボラードに激突し、火を噴いた。

「消防を呼ぶわ!」

 彼女が対応する。幸いタクシーは回送モードで無人だったようだが、EV用用大型バッテリーの火災はたちが悪い。水では消せなかったりするし漏電はもっとやっかいだ。

 これでは図書館どころではないな、と思って向きを変えると、反対側から大型トレーラーが突っ込んでくるのが見えた。マジか!

「逃げよう!」

 ぼくは彼女の手を引いて路地に逃げ込んだ。狭い道幅に雑多な飲食などの店が並ぶ裏路地、ここなら暴走車は来ない、と思ったが、こんどは自動ゴミ収集車が追いかけてくる。途中にあった背の低い店の看板やゴミバケツを粉砕しながらぐいぐい迫ってくるのだ。

「なんなんだよこれ!」

 ぼくは泣きそうになりながら彼女の手を引いてさらに逃げる。まるでアクション映画だ。見るのは楽しいけどそういう目にあうのは勘弁して欲しい!

 幸いその途中に真横に曲がる階段があった。その上は公園だ。ぼくは彼女を引いてその階段に逃げ込んだ。

 暴走収集車は階段の前を通り過ぎていった。

「どういうことなの?」

 ぼくは上がった息で聞いた。

「もしかすると君、何かに追われてるの?」

 彼女は何か言おうとして、口ごもった。

「今は言いたくないの?」

 ぼくはそう聞いた。まるでアニメの中の露骨なセリフそっくりだと思ったけど、ぼくはそれでもすっかりコーフンしていた。

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