第7話 - 朝、少しだけ揺れたもの

朝はいつも同じ。

決まった時間に起きて、顔を洗い、朝食を取り、制服を整える。

まるで歯車のように、ズレのない完璧な動き。


今日もそうだった。

いつも通りの手順、同じテンポ、同じ景色。

廊下を歩いて、エレベーターを降り、マンションのロビーに足を踏み入れる。

そして、ドアを開けたとき——


そこに、彼女がいた。


道端の街路樹の下、制服の上から軽く羽織ったカーディガン。

風に揺れる淡い色の髪。

そして、イヤホンを片耳だけに差し込んだまま、こちらに背を向けて歩いていた。


不思議だった。何か用事でもあったのだろうか。

それとも、ただ早く目が覚めて、外に出てみたのか。


理由は分からない。でも——


その一瞬だけで、ユウの朝の“完璧”は、静かに揺れた。


まるで、耳の奥で鳴っていた音楽のリズムが、わずかにズレたような違和感。

何が変わったわけでもない。ただ、その景色に心が引っかかった。


彼女が振り返ることはなかった。

ユウの存在に気づいた様子もない。


それでも、なぜか目が離せなかった。

背中を追ってしまった。

それが何か意味を持つものなのか、自分でもよく分からないまま。


ただひとつ言えるのは、

あの朝、確かに何かが——少しだけ、変わり始めていた。

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