第5話 - それでも、変わらない日々のなかで。
初夏の朝。
カーテン越しに淡い光が差し込むころ、窓には静かな雨の粒が音もなく落ちていた。
傘をさすまでもない霧雨だった。
それでも、僕はフードをかぶり、いつものようにイヤホンを耳に差し込んだ。
いつもと同じ時間、いつもと同じ道。
なのに、今日はほんの少しだけ、歩く速度が遅かった。
誰に見られているわけでもないのに、無意識に周囲を気にしている自分がいた。
──彼女に、また会うかもしれない。
そんな思いがどこかに引っかかっていたのだろう。
でも、彼女は現れなかった。
教室に着くと、机の上に一枚のプリントが置かれていた。
昨日と同じだった。
まるで何事もなかったかのように、誰にも見られないうちに置かれていた気配。
それを、僕は何も言わずに鞄へと滑り込ませた。
ほんの少しだけ、胸の奥が疼いた。
なぜかは、分からなかった。
*
帰り道。
教室を出て、昇降口に向かう廊下の途中で、彼女とすれ違った。
小さく濡れた髪。
目が合いそうになって、すぐに逸らす。
「プリント、届いた?」
少し遅れて届いたその声は、昨日よりも、近かった気がした。
僕はただ、小さくうなずいた。
彼女は返事を待たずに、くるりと背を向けて言った。
「今日も、それでいい。」
その背中は、やけに軽やかだった。
なのに、その言葉のあとに残った余韻だけが、どこか胸を締めつける。
──その一言が、なぜか一番苦しかった。
また、今日も同じような一日が終わっていく。
それでも。ほんの少しだけ、何かがずれていく音がした。
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