第5話 - それでも、変わらない日々のなかで。

初夏の朝。

カーテン越しに淡い光が差し込むころ、窓には静かな雨の粒が音もなく落ちていた。


傘をさすまでもない霧雨だった。

それでも、僕はフードをかぶり、いつものようにイヤホンを耳に差し込んだ。


いつもと同じ時間、いつもと同じ道。

なのに、今日はほんの少しだけ、歩く速度が遅かった。


誰に見られているわけでもないのに、無意識に周囲を気にしている自分がいた。


──彼女に、また会うかもしれない。


そんな思いがどこかに引っかかっていたのだろう。

でも、彼女は現れなかった。


教室に着くと、机の上に一枚のプリントが置かれていた。

昨日と同じだった。


まるで何事もなかったかのように、誰にも見られないうちに置かれていた気配。

それを、僕は何も言わずに鞄へと滑り込ませた。


ほんの少しだけ、胸の奥が疼いた。

なぜかは、分からなかった。



帰り道。

教室を出て、昇降口に向かう廊下の途中で、彼女とすれ違った。


小さく濡れた髪。

目が合いそうになって、すぐに逸らす。


「プリント、届いた?」


少し遅れて届いたその声は、昨日よりも、近かった気がした。

僕はただ、小さくうなずいた。


彼女は返事を待たずに、くるりと背を向けて言った。


「今日も、それでいい。」


その背中は、やけに軽やかだった。


なのに、その言葉のあとに残った余韻だけが、どこか胸を締めつける。


──その一言が、なぜか一番苦しかった。


また、今日も同じような一日が終わっていく。

それでも。ほんの少しだけ、何かがずれていく音がした。

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