第4話 - たった一拍、ずれていた ―最初の“揺らぎ”
昼下がりの教室は、どこか乾いた騒がしさに包まれていた。
誰かの笑い声、誰かの椅子を引く音、誰かの机を叩く音。
それらがいくつも重なり、混ざり合いながら、窓の外へと抜けていく。
俺は窓際の席に座ったまま、外に広がる薄曇りの空を眺めていた。
どこかぼんやりとした空模様。風はなく、枝葉も静止していた。
イヤフォンの片方を耳に差し込むと、昨日と同じプレイリストが流れ出す。
それでも、昨日とまったく同じ気分にはなれなかった。
教室の後方から、小さな足音が近づいてくる。
「……あ」
気づいたときには、もう机の上にプリントが置かれていた。
いつもと同じ手つき。いつもと同じ沈黙。
でも——
「ここに置いとくね。落とさないように。」
その一言が添えられていた。
聞こえるか聞こえないかの声量。
けれど、確かに俺の耳に届いた。
その声だけが、なぜか教室の喧騒に紛れることなく、脳裏に残った。
落とさないように。
そんなこと、言われなくても分かっている。
それでも、その言葉が頭の中で何度も反芻された。
俺はプリントの端に指を置いたまま、ふと彼女の後ろ姿を目で追っていた。
振り返らないその背中。けれど、何かを言いたげにも見えた。
いや、ただの気のせいかもしれない。
いつもと変わらない日常のはずだった。
でも——
今日だけは、音楽のリズムが、少しだけずれて聞こえた。
それはほんの一拍の違い。
でも、そのわずかな「ずれ」が、妙に気になった。
彼女が離れていく音。
その中に、自分でも知らない自分の呼吸が混ざっているような気がした。
それが何を意味するのか、まだ分からない。
ただ一つ、確かなことがあるとすれば——
彼女の声が、どうしようもなく、耳に残っていたということだった
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