第3話 新生活

 鳥のさえずりで目が覚めた。爽やかな目覚めとは裏腹に、俺の体は最悪のコンディションで始まった。よく見ると体中あざだらけで、体の節々がひどく痛んだ。幸いどこか折れていたり、外部出血をしているような部分はないようだ。

 周りには広葉樹や低木、苔植物のような物が生い茂り森を形成していた。風が吹き一羽の鳥が飛んだ。これからどうしようか。


 パンフレットの表紙には町が描かれていたのだから、きっとどこかに町があるだろう。よく見たら服装が変わっていた。この世界の普段着なのだろうか、粗い素材のチュニックと二枚の布を直線で縫っただけのような簡素なズボン。幸い初夏のような気温の為、これで問題なさそうだ。

 癖でポケットに手を入れるが、スマートフォンも煙草も無かった。今までの人生、必ず片手にスマホか煙草を持っていたので行き場の無くなった片手はポケットに突っ込むほかなくなった。とにかく歩いてみる。


 どこかに人工物や人間の歩いた痕跡などがあればいいのだが、そういったものがすぐに見つかるわけもなく。永遠にどこかから聞こえてくる能天気な鳥の声に無性にイラつく。ヤニ切れのせいでもあるだろう。

 今更だが、無くならない煙草でも注文しておけば良かったと少し後悔している。せめて日が暮れるまでに森から出たいところだが、木々の変化すら見込めない。都会住現代人が急にこんなところに放り込まれて、生きて行けるわけがないだろう。いっそここで野垂れ死んで、さっきの職員に嫌味でも言われた方がマシかもしれない。


 日が傾き始めた頃、ようやく森を抜けることができた。遠くに農村のようなものが見える。きっと人間もいるだろう、ここで一つ不安な事がある。言語の不一致だ。

 万が一、俺の話している言葉が伝わらなかったらどうしようか。正直な話、日本語が通じる気がしない。服装から現代のような技術やあるとは思えない。もしかしたら、かなり地方の場所に飛ばされている可能性もあるが。日本語が通じても方言などで会話にならないかもしれない。


 不安や対人恐怖よりも空腹の方が勝る。よく考えたら最後に取った食事は六本入りのスティック菓子パン一本だった。そりゃあ腹も空くわけだ。


「お前さん、あざだらけじゃないか。何か生き物に襲われたんか。まぁ、手当してやるからうちに来い」


 歩いていた村人に声をかけた。いや、言語違いや方言での会話ができないのではいかという不安と、会話自体が久しぶりすぎて目を合わせることもできなかった俺に相手が話しかけてくれた。

 助けてくれた村人に出身や何をしていたのか尋ねられたが、何一つ答えることができなかった。名前だけ覚えている記憶喪失という扱いになり、数日間ここに置いてもらえるらしい。その代わりいくつか仕事の手伝いをするように命じられた。


 今日はもう日が暮れ仕事は無いので、明日から肉体労働が始まる。起床時間は日が昇る頃だそうだ。時計もカレンダーもあるが、少し現代の物とは違いそうだ。違いを確認するよりも先に、疲労で頭が働かなくなった。村人の奥さんが白いシチューとパン、サラダを出してくれた。食事自体は抵抗なく食べられそうなものでひとまず安心だ。

 風呂に入り、用意された布団にもぐりこんだ。こんなに早く眠ったのはいつぶりだろうか。最近は夕方に起き、深夜に仕事やパソコンをいじったりして朝を迎え布団に入っていた。疲労のおかげでこれ以上今までの後悔や反省を考える前に眠りに落ちることができた。



【3話 新生活】

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