第2話 手続き

 目が覚めた。俺は今、イスに座っている。プラスチックの四脚繋がった待合室のイスだ。周りは白い。どこまでも続くような空間ではなく、これは…市役所だ。無機質なカウンターや窓口番号、カウンターの奥には肩くらいまでの高さの薄い仕切り壁がある。数名の職員が仕事をしているのが見えた。

 俺は手に何か持っていた。免許証と住民票、出生届が入った透明なファイルだった。何をしたらいいのかカウンターにいる職員に尋ねようかと思ったが、ここ半年程ほぼ人間と接してこなかった俺にとって、かなりハードルが高い。辺りを見回した時、一つ気になる物があったのを思い出した。


 ”受付”


 そう書かれた機械が、少し離れた背後に置いてあったのだ。そっと席を立ち、その機械へと近づく。タイムカードの打刻機のようなそれの液晶には三つのボタンが表示されていた。寿命・事故・病死。俺は迷うことなく事故のボタンを押す。

 機械の上部から一枚の紙が出てきたので、手に持ち内容を確認した。名前や生年月日、住所などの記入欄が並び、太枠を記入して6番窓口へ行くよう指示されていた。機械の近くにテーブルとボールペンが置いてあったので、そこで書類の記入をさせてもらう。ボールペンには糸が巻かれており、テプラで”死後所”と貼られている。

 死んだ後でもボールペン盗むやつがいるのかと、内心少し笑ってしまった。


 記入後は素直に6番窓口へ向かう。そこにいたのは黒い髪を後ろで1つに束ね眼鏡をした、いわゆる真面目な見た目の女性だった。黒いスーツにきつそうな表情で、俺の苦手なタイプだ。こんなところで冗談のひとつでも言おうものなら、眉間にしわを寄せながら静かに怒るだろう。


「おかけください、書類の提出お願いします」


 言われるがままカウンター前に用意された椅子に腰かけ、透明なファイルと先ほど記入した書類を出した。職員は記入された書類とパソコンの画面を交互に身ながらサラサラと字を書きこんでゆく。

 記入している途中で手が止まり、こちらに声をかけてた。


「名前は、関本勇樹さんでお間違いないですか、生年月日と住所も」


 自分の名前を間違うわけがないが、いざ確認されると記入ミスをしたのか不安になる。間違いない事を告げると、職員は「そうですか」とそっけなく返答した。自分から聞いたくせにひどい態度だ。

 その後もファイル内の情報などを確認し、静かに記入作業を終えた。


「この度は誠にご愁傷様でした。本来でしたら記憶を消して元の世界へ生まれ直し、新たな人生を歩まれるのが一般的です。しかし関本様は上層部の指示により、記憶を維持したまま他の世界へ転移することになります。」


 そう言って、俺の理解が追い付かないままパンフレットのような物を出してくる。表紙には自然に囲まれた石作りの街が描かれており、人々の服装も現代とは思えないかなり簡素な洋服を着ていた。元の世界に戻りたいかと聞かれれば、特別戻りたいという気持ちは無い。実際はどこでもいいが、まさか別の世界に飛ばされるなんて思ってもなかった。


「凶暴な生物の出る世界ということで、何でも一つ特別な能力をお渡しすることができますが、いかがしますか」


 こちらを見ながら淡々と話しかけてくる職員。なんでもすきな能力。最強の力だとか、なんでもしまえるバックだとか、そういう物だろう。ライトノベルのような展開で、何となく察しはついていた。

 職員は少し驚いた顔をしていたが、俺はその顔が見たかっただけだ。ただの自己満足だが、こんな俺でも他の人間の表情くらい変えられるんだと思わせたかった。いや、思いたかった。俺が誰かに何か影響を与えられる人間であると少しでも証明したかった。


「それでは、この書類を持って建物の出口まで進んでください。何の能力も持たず、生身の体で何ができるのか楽しみにしています。」


 少し癇に障る言い方だが、俺は満足だった。

自動ドアが開き、次第に意識が遠のいていく。あの職員、どこかで見たことあるような気がしたが、最後まで思い出せなかった。



 【2話 手続き】

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