第4話 聞こえなかった悲鳴
あの日、彼が学校を休んだ。
珍しいことじゃない。
でも、私はずっとそわそわしていた。
机の上に置かれたままの彼の英語の教科書を見つめながら、
どうしようもない不安が胸の奥をぐるぐる回っていた。
*
放課後、私は自分でも不思議なほど自然に職員室へ向かっていた。
「先生、市川くん……今日、どうしたんですか?」
担任は少し驚いた顔で私を見て、すぐに優しい声に変えた。
「ちょっと体調を崩したみたい。少し、疲れてるんだろうな」
疲れてる?
それだけじゃない。私は、そう思った。
誰にも言えず、誰にも気づかれずに、彼はずっと――
何かに耐えてきたのではないか。
気づけたはずだったのに。
もっと、早く。
*
その夜、スマホで検索してみた。
「首 傾く 高校生」
そのキーワードで出てきたのは、あの言葉だった。
痙性斜頸(けいせいしゃけい)
言葉の意味がわからなくて、調べれば調べるほど怖くなった。
原因不明。完治が難しい。珍しい。誤解されやすい。
気づいたら、画面がにじんでいた。
私は、彼が背負っているものの重さを想像しようとして、できなかった。
でも、だからこそ――
私だけでも、彼の“傾き”をまっすぐに受け止めたい。
そう、心の奥で強く思った。
*
次の日、彼が登校してきた。
その姿を見た瞬間、私は胸がぎゅっとなった。
昨日より、首の傾きが強くなっていた気がした。
でも、彼は何も言わず、誰とも目を合わせず、いつもの席に座った。
私はノートを開くふりをしながら、そっと彼の横顔を見つめた。
本当は――「大丈夫?」って声をかけたかった。
でも、その一言がうまく口から出てこなかった。
私はまだ、勇気を持てなかった。
それでも、彼の背中に小さく祈った。
あなたの痛みに、誰かが気づけますように。
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