第4話 聞こえなかった悲鳴

あの日、彼が学校を休んだ。


珍しいことじゃない。

でも、私はずっとそわそわしていた。

机の上に置かれたままの彼の英語の教科書を見つめながら、

どうしようもない不安が胸の奥をぐるぐる回っていた。



放課後、私は自分でも不思議なほど自然に職員室へ向かっていた。


「先生、市川くん……今日、どうしたんですか?」


担任は少し驚いた顔で私を見て、すぐに優しい声に変えた。


「ちょっと体調を崩したみたい。少し、疲れてるんだろうな」


疲れてる?

それだけじゃない。私は、そう思った。


誰にも言えず、誰にも気づかれずに、彼はずっと――

何かに耐えてきたのではないか。


気づけたはずだったのに。

もっと、早く。



その夜、スマホで検索してみた。


「首 傾く 高校生」


そのキーワードで出てきたのは、あの言葉だった。


痙性斜頸(けいせいしゃけい)


言葉の意味がわからなくて、調べれば調べるほど怖くなった。

原因不明。完治が難しい。珍しい。誤解されやすい。


気づいたら、画面がにじんでいた。


私は、彼が背負っているものの重さを想像しようとして、できなかった。

でも、だからこそ――


私だけでも、彼の“傾き”をまっすぐに受け止めたい。

そう、心の奥で強く思った。



次の日、彼が登校してきた。


その姿を見た瞬間、私は胸がぎゅっとなった。

昨日より、首の傾きが強くなっていた気がした。


でも、彼は何も言わず、誰とも目を合わせず、いつもの席に座った。


私はノートを開くふりをしながら、そっと彼の横顔を見つめた。


本当は――「大丈夫?」って声をかけたかった。

でも、その一言がうまく口から出てこなかった。


私はまだ、勇気を持てなかった。


それでも、彼の背中に小さく祈った。


あなたの痛みに、誰かが気づけますように。

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