第5話 拒絶と受容の間で
診断から一週間が経った。
でも、僕の中ではまだ何も受け止められていなかった。
「痙性斜頸」
医師の言葉も、ネットの記事も、母の表情も――
全部、どこか他人事のように思えた。
*
「ボトックス注射って、聞いたことある?」
母が夕食後に切り出した。
聞いたことはある。
でもそれが、病気の治療に使われるものだなんて知らなかった。
「筋肉の緊張を和らげる治療なんだって。先生がすすめてたよ」
僕は首を横に振った。
反射的に、それだけは拒絶していた。
「やだ。怖い」
その言葉に、自分でも驚いた。
もっと冷静に答えると思っていたのに、
声が震えて、涙が出そうになった。
*
注射をするという現実も、
「治療する」という行為自体も、
なぜか全部、自分の“敗北”のように感じていた。
だって、そんなことで「普通」にならなきゃいけないなんて。
「今のままじゃダメ」と言われている気がして。
*
学校では、何も言わないままでいた。
いや、言えなかった。
誰も知らないままでいてほしい。
そう思っていたのに――
その日、教室の後ろの席から声がした。
「市川くんって、なんか変な病気なんじゃないの?」
何気ない一言。
たぶん、冗談半分。
でも、全身がこわばった。
心臓がどくん、と跳ねる音が、自分だけに聞こえている。
そのとき、誰かが静かに言った。
「変な病気、って言い方、おかしいよ」
振り返ると、そこにいたのは――美咲さんだった。
彼女は真っ直ぐに、その男子を見ていた。
まるで、僕の代わりに怒ってくれているようだった。
何も言えなかった。
ありがとうも、なにも。
ただその時、ほんの少しだけ、首の傾きが軽くなった気がした。
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