第5話 拒絶と受容の間で

診断から一週間が経った。

でも、僕の中ではまだ何も受け止められていなかった。


「痙性斜頸」


医師の言葉も、ネットの記事も、母の表情も――

全部、どこか他人事のように思えた。



「ボトックス注射って、聞いたことある?」


母が夕食後に切り出した。


聞いたことはある。

でもそれが、病気の治療に使われるものだなんて知らなかった。


「筋肉の緊張を和らげる治療なんだって。先生がすすめてたよ」


僕は首を横に振った。

反射的に、それだけは拒絶していた。


「やだ。怖い」


その言葉に、自分でも驚いた。

もっと冷静に答えると思っていたのに、

声が震えて、涙が出そうになった。



注射をするという現実も、

「治療する」という行為自体も、

なぜか全部、自分の“敗北”のように感じていた。


だって、そんなことで「普通」にならなきゃいけないなんて。

「今のままじゃダメ」と言われている気がして。



学校では、何も言わないままでいた。

いや、言えなかった。


誰も知らないままでいてほしい。

そう思っていたのに――


その日、教室の後ろの席から声がした。


「市川くんって、なんか変な病気なんじゃないの?」


何気ない一言。

たぶん、冗談半分。


でも、全身がこわばった。

心臓がどくん、と跳ねる音が、自分だけに聞こえている。


そのとき、誰かが静かに言った。


「変な病気、って言い方、おかしいよ」


振り返ると、そこにいたのは――美咲さんだった。


彼女は真っ直ぐに、その男子を見ていた。

まるで、僕の代わりに怒ってくれているようだった。


何も言えなかった。

ありがとうも、なにも。


ただその時、ほんの少しだけ、首の傾きが軽くなった気がした。

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