第3話 診断名

「痙性斜頸、という診断になります」


診察室の空気が、一瞬止まったような気がした。

白衣を着た医師が、穏やかな声で告げたその言葉が、耳の奥に何度も響く。


けいせい……しゃけい……?


医師はパソコンの画面を見ながら説明を続けた。


「これは、首の筋肉に異常な緊張が起こることで、無意識に首がねじれたり傾いたりする病気です。ジストニアという神経の異常による症状のひとつです」


僕の隣で、母が小さく息をのむ音がした。

でも、僕は何も感じていないような顔をしていた。


感じていない、のではなく――感じないようにしていたのだと思う。



それからの説明は、あまり覚えていない。


「治療には、薬物療法やボツリヌス療法などがあります」

「完全に元通りになるとは限りませんが、生活の質を向上させることはできます」


“完全に治らないかもしれない”――その言葉だけが、頭の奥にこびりついて離れなかった。


診察室を出たとき、母が私の手をそっと握った。

その温度だけが、今でも覚えている。



「難病……なんだね」


帰りの車の中で、母がぽつりとつぶやいた。

助手席でうなずくこともできず、僕はただ前を見つめていた。


僕の世界は、また少し傾いた気がした。

車の窓に映る僕の顔は、いつもよりさらに右に寄っていた。



その夜、天井を見上げながら眠れずにいた。


“何で僕なんだろう”


誰に問いかけるでもなく、そんな言葉が浮かんでは消えた。


やがて、ふと頭の中に浮かんだのは、教室で僕を見つめていたあの目だった。


あの子……名前、なんていったっけ。

――美咲さん、だ。


彼女だけは、僕の“傾き”を笑わなかった。

そのことを思い出すと、なぜか少しだけ眠れるような気がした。

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