第三章 ラノベ作風
窓の外では、春の風に揺られて、やまももの花がふわりと咲いていた。ほんのり赤く染まった花は、どこか昔話のワンシーンみたいな懐かしさがあった。
「……やっぱり高いなぁ、ランドセルって」
百合子は、スマホの画面に並ぶランドセルの値段を見てため息をついた。五万円、六万円……え、これ八万超えてる!? 思わず二度見する。
「もう、天使の翅でもついてるのかって言いたくなるよね……」
そうボヤきながらも、画面をスクロールする指には、ほんの少しだけ迷いがにじんでいた。できるだけ安く、でもちゃんとしたものを――母親としての責任と現実が、いつも胸のどこかで綱引きしている。
彼女は、叔母の旅館で仲居として働いていた。ちょっと古びたけど、風情のある和風旅館。そこに、小学校の入学を控えた娘のメイと二人で暮らしている。
「ランドセル選びって、こんなに悩むもんだったんだねぇ……」
メイの好きな色は、深紅。赤でも、ちょっと落ち着いた、やまももが熟した果実みたいな色。でも、ネットで見つかるのは、どれもピンとこない。
そんなときだった。
目の前の画面に、突如、映し出されたのは「メビウスの輪」という名のサイト。表示されたのは、たったひとつのランドセル。深紅の革に、どこか懐かしさを感じるデザインだった。しかも、価格欄は「応相談」?
なんとなく、直感がピコーンと反応した。
(……これかもしれない)
気づいたら、出品者にメッセージを送っていた。
*
一週間後、そのランドセルが届いた。思ってたよりずっと丁寧に梱包されていて、中にはなぜか七色にきらめくキーホルダーと、一枚の手書きのメモが添えられていた。
『お礼はいりません。あなたに使っていただけたら、それだけで嬉しいです』
花模様の和紙に、さらさらとした筆文字。百合子は、思わず胸が熱くなって、箱の前で小さく頭を下げた。
入学式の朝。真新しい洋服に身を包んだメイは、まぶしいくらいに輝いていた。背中には、あの赤いランドセル。春の陽ざしがきらきらと降り注いで、百合子は心の中で、娘の成長にありがとうとつぶやいた。
*
それからしばらくして。
「ねえママ、聞いてる? 最近ね、学校まで一緒に歩いてくれる女の子がいるの。かすみちゃんっていうの」
「へぇ、仲良くなれたんだ? どんな子?」
「ふわふわした雰囲気でね、風みたいにそばにいてくれるの。わたしと同じ色のランドセル背負ってるんだよ。でも……お守りのキーホルダー、ついてないの」
百合子は少し首をかしげた。
近所の子どもたちの顔は、大体わかっている。でも「かすみちゃん」という名前は聞いたことがなかった。
「でね、その友だち、学校の門の前まで来ると、すっといなくなっちゃうの。不思議でしょう?」
まるで、門の向こうへは行けない。そんなルールでもあるみたいに。
*
ある日、メイがランドセルを元気よく背負いながら、ぽつんと言った。
「かすみちゃんね、このカバンを大切にしてるの、すっごく喜んでくれたの……このランドセルには、きっと誰かの想いが入ってるんだと思う」
娘の言葉に、百合子の心がふるふると揺れた。あのランドセルには、何か、大切な絆が宿っている気がした。
百合子はもう一度、「メビウスの輪」のサイトを開いて、出品者にこれまでの出来事を丁寧にメールで伝えた。
数日後、電話の向こうで年配の女性が涙をこらえるように語ってくれた。
「……あれはね、孫のかすみに買ったランドセルでした。でも、入学式の朝に事故に遭って……。背負うこともなく、黄泉に逝ってしまったんです」
百合子は、すべての点と点が繋がったような気がした。
もしかしたら、メイが出会った「かすみちゃん」は、この世に残された想いそのものだったのかもしれない。
*
その夜。百合子はそっとメイの枕元に腰を下ろした。娘の寝顔を見つめながら、おでこに手を伸ばし、やさしく撫でた。そして、小さな声でささやいた。
「ねえ、メイ。明日、かすみちゃんに……このお守り、渡してくれない?」
「うん、わたしも……そうしようって思ってた」
翌朝、メイは校門の前で立ち止まると、ランドセルの中からあの七色にきらめくお守りを取り出した。小さな手の平でそっと包みながら、まるで言葉の代わりに気持ちを託すように、差し出した。
「これ、たぶんあなたのだったと思う。ママがそう言ってたの」
かすみは、にこっと笑って、お守りを胸に抱きしめた。
「ありがとう。そして、さようなら」
その瞬間、かすみの姿は春の風と一緒に、ふわりと空へ溶けていった。
*
その晩。百合子はメイの寝顔を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「かすみちゃんの想い……きっと、メイの中でずっと生きていくんだろうな」
窓の外、やまももの花がそよ風に揺れていた。ふわりと届いたその香りは、まるで天使がそっと撫でていったみたいに、やさしく部屋を満たしていった。
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