勇者と魔王がコミュ障

 大量の石のレンガで構成された城。

 ここはまさしく魔王城であった。

 勇者は邪智暴虐の魔王を懲らしめるべく、単身で魔王城に乗り込んだのである。

 

 勇者は軽快に剣を振るう。

 剣はチャキンと良い音がする。白銀色に輝く刀身は、刃こぼれの心配を微塵にも感じさせない。

 体は筋肉質で、肩が力強い。マントを着用している。

 鎧が守っている部分はほとんどなく、一度攻撃をくらえばひとたまりもないが、スイスイと攻撃を交わして剣を振るうことで先に進んでいく。

 

 さて、新たな廊下を進む。

 木製のちょっとボロい扉を開けると、骸骨が首を傾げつつ勇者を見てケラケラ笑う。

 骸骨が立ち塞がる。

 

 骸骨はボロボロの黒い外套を羽織っている。

 右手には年季の入った木の杖。持ち手はくるりと回っていて、紫色の葉っぱが育っている。

 左手にはいかにも禍々しい魔導書を持っている。これまたボロボロの表紙には、ドクロのマークが勇者をぎょっと見ている。


 「クックック……魔界最強の魔術師であるこのワタシに、お前ごとき人間が立ち向かえるとでも思」


 勇者は会話を無視し、剣を振るった。

 

「おいっ! 卑怯だぞ……グアアアアアア……」


 骸骨は光の粒子になって見えなくなっていく。


―――――――


 勇者はとうとうたどり着いた。

 勇者の目の前には、勇者の背丈の何倍もある高い扉が立ちはだかっていた。

 扉は銀色のトゲトゲで装飾されていて、いかにも魔族の王座の間といった感じである。


 勇者はちょっと呼吸を整える。

 そして、扉の両側の取っ手に手をかける。そして、力強く引っ張る。

 ギギギギと重い音を立てて、扉が開く。


 そこは広い円形の間だった。

 中央やや外側の部分に、大きい丸い柱が4本立っている。

 赤いカーペットが扉から奥まで伸びている。


 勇者はそれを見ると、赤いカーペットの方へ走っていく。

 その先には、豪勢で黒い王座がどっしり構えていた。

 そこには角の生えた女の子が座っていた。

 王冠を被っている。髪は赤いが、いくつか黒い毛がある。

 黒と赤のドレスが上半身から太ももまでを包みこんでいる。

 黒いブーツの口はちょっとトゲトゲしている。


 勇者は、この女の子が魔王であると直感的に理解した。

 じっとその顔を見つめる。


 魔王も見つめ返す。

 口角をちょっと上げて、にこっと笑う。

 勇者の頬がちょっと赤く染まる。


「かわいぃ……」

 

 勇者の口からちょっと声が漏れる。

 せっかくなのでもう少し会話しようかと考えた。

 勇者は、魔王が名乗り出てくるのを待っていた。


 魔王はニコニコしつつ勇者の方を見る。

 魔王は、勇者が名乗り出てくるのを待っていた。

 魔王は、人間は自己主張が好きなので先に喋ると思ったのである。


 勇者は目を合わせたり離したりした。

 目を合わせ続けるのは得意ではないので、ちらっちらっと見る。

 ほら、気づけ、自己紹介はだいたい魔族からやっているだろと目配せする。


 魔王はニコニコしつつ首を微妙に傾げた。

 鳥のように、若干角度を傾けるのを繰り返す。

 勇者から適度に距離をとりつつ、同じことを繰り返す。


 しーん。


 気まずい空気が流れる。


 実は、勇者は会話が苦手であった。

 他人というものは、不確定性の高い難解なパズルだと思って、向き合ってきた。

 受付にたどり着くことができないので、冒険者ギルドにも所属していない。

 ギルドや酒場に居ても話せることなど無いので、仲間もできずに一人で暮らしていたのである。

 

 幸いにも魔物たちは、会話の有無にかかわらず勇者を歓迎し、攻撃してくれた。

 勇者は魔物という存在が好きになった。

 でも人間の役に立ちたいとも思った。魔物は人間を攻撃し、町を攻撃し、農作物を荒らす。魔物は退治されるべき存在だった。

 そこで、町に刺さっていた『勇者の剣』を誰も居ない深夜にひょいっと抜いた。

 勇者の剣を振りかざして魔物をひょいひょいと倒していく。

 何度も魔物を倒すと、徐々に剣の使い方にも慣れていく。


 情報収集は町を歩くことで得られた。

 近所のおばさんの言葉が、勇者の情報源であった。

 薬草が半額と聞いたときは、道具屋の窓に駆けつけて窓から覗き込んだ。

 中に入って購入する余裕はなかったのである。

 色々な会話を聞く中で、魔王の話が出た。

 魔王が悪さしている。魔王は南にいる。南は太陽が昼に出る方角だ。

 この3つの情報から、ひたすら歩くことにより魔王城の場所を探り当てた。


 あとは攻略するだけ。そう思ったのだが……。

 最後の最後になって、勇者は身動きが取れなくなってしまった。

 勇者は自分の不甲斐なさを呪った。


 魔物を倒し、正義のヒーローになるという高揚感に酔いしれていた。

 しかし、我に帰ってみるとそれで誰かのためになるのか分からないと感じた。

 自分の手柄だと思ってくれる人はいない。

 そもそも勇者はもぐりの勇者であった。勇者だと思い込んでるだけなのである。

 勇者になるには、国で冒険者ギルドなどを経由して志願状を出す必要があったのだ。その時点であきらめた。


 勇者は魔王から顔を背ける。

 そして、逃げるように近くの柱まで走って、柱の影に隠れた。

 今や、魔王の顔が市民の顔のように見えるのである。

 冒険者ギルドの受付の顔。道具屋の店主の顔。近所のおばちゃんの顔。

 魔王の顔はもはや世間の顔であった。


 勇者はもうだめだ、と思った。

 自分の存在が生きているだけで恥ずかしいと思った。

 柱に隠れているけれど、別に魔王がぐるっと回って見に来たら見つかってしまう。

 勇者はマントを脱いで顔に被せ、柱に顔を向けて顔を完全に隠した。

 勇者はこれをガチョウ作戦と呼んだ。ガチョウも同様の場面で顔を隠すとされているからである。

 

 魔王がいつかこちらを覗いてくるのでは、と勇者は怯えた。


 しかし魔王は来なかった。


 恐る恐る柱の外を見てみる。


 魔王は王座に座っていない。

 勇者は周りを見渡す。


 向かい側の柱にちょこんと魔王の顔が見えた。

 そわそわしながら勇者を見ている。

 勇者もそわそわしだす。

 魔王は右手を出す。手には紙飛行機があった。

 魔王は紙飛行機を勇者に飛ばす。


 ふわふわとさまよいつつ、紙飛行機は勇者の柱の近くに落ちた。

 勇者は顔を出しすぎないように気をつけつつ、なんとか紙飛行機を回収する。

 そして開く。

 きっとなにか重要なことが書いてあるのかもしれない。

 勇者は呼吸を整え、鋭い眼差しで紙飛行機を見つめる。

 そして、一折一折を丁寧に開いていく。

 正方形の紙が見えた。

 そこにはこう書かれていた。

 

『よくたどり着いたな!』


 勇者は微妙な汗をかきつつ、首を傾げた。

 しかし、同時にチャンスとも考えた。

 自分と同じ、いや自分よりも相手は会話が苦手かもしれない。


 魔王の方をちらりと見ると、ニコニコと勇者の柱の方を覗いていた。


 勇者は紙を開いて、『たやすいことだ』と書いた。

 紙飛行機を折りたたんで魔王の方に投げる。

 これまたゆらゆらと曲がりつつも魔王の方に届いた。


 勇者は初めて見る会話方法に興奮した。これなら話せるかもしれない。

 しかし、同時に後悔した。『たやすいことだ』は何の情報も渡していないのである。

 これでは文通が止まってしまうかもと思った。

 そう思っていると、紙飛行機が飛んできた。


『もしかして話すの苦手?』


 勇者は肘をつき、顎に人差し指を当てる。少し頭を揺らして眉を上下する。

 これは大チャンスかもしれないと勇者は思った。

 自分と同じ悩みを相手が抱えている可能性がある。

 過去の経験を色々と遡り、その一方で何を書こうかなと思って迷った。

 会話が通じるという喜びを書きたいが、長過ぎる会話はオタク語りになるかもと思った。

 あるいは、相手と純粋な会話をしてみたいとも思った。でも何を書けばいいかわからない。

 

 勇者の手が止まってしまった。筆が進まない。

 そのまま5分が経過した。そしてこう返答する。


『そちらこそ』


 勇者は紙飛行機をぶっきらぼうに投げる。

 あらぬところに飛んでいく。それを魔王が回収する。

 しばらくすると紙飛行機がまた勇者の方に飛んでいく。

 ふわふわと揺れて、勇者の方に飛んでくる。

 勇者がキャッチする。開くとこう書いてある。


『こちらこそ初めて話せた! いつも執事に会話を任せてたからさ……会話が怖くて怖くて。こういうのが話すってことなんだね! あ、言っておくと勇者のことがキライってわけじゃないんだよ? 本当は対面で話したいけど、何してくるかわからなくて。なんか傷つけてきたら怖いじゃん! なんかノリについていけないとかそれもなんかイヤで。え~と、こういう会話何書けばいいかわからないんだけど何書けばいいんだろう? いや!キミと話したいんだこういうの初めてだし!』


 勇者は一言書いて、まっすぐ紙飛行機を飛ばす。

 勇者はこう書いていた。


『わかる!』

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2時間でショートストーリーを作るイベントで色々作ったものを貼る ぐぷあ @gupua

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