第8話 試練
相場は常に順風というわけではなかった。順調に資金を増やし始めてからしばらく経った頃、マーケットの様相が変わり始めた。明確だったトレンドが翳りを見せ、上下に振れる難しい相場が続いたのだ。健太のシステムも立て続けにだましのシグナルに引っかかり、小さな損切りが積み重なっていった。
最初のうちは冷静に受け止めていた健太だったが、5連敗、6連敗と負けが続くにつれ、さすがに不安が頭をもたげてきた。資金は高値から10%以上目減りし、せっかく積み上げた利益のかなりの部分が消えていた。「このまま損失が増え続けたらどうしよう…」夜、パソコンの前で独りつぶやく。以前の自分ならとっくにパニックになっていただろう。今回は踏みとどまってはいるものの、心の中にじわじわと恐怖が広がっていくのを感じた。
健太は日誌を開き、過去の記録を必死に読み返した。田中の助言や、自分が書き留めた戒めの言葉が目に飛び込んでくる。「小さな損失に耐えれば、大きな利益が得られる」「規律を信じろ」。頭では理解している。しかしトレードの度に損ばかり出る現状では、システムそのものを疑いたくなる気持ちも湧いてきた。「もしかして、市場の状況が変わってこの戦略は通用しなくなったのでは?」そんな考えがちらつく。
迷いを払拭するため、健太は田中にメールを送った。すぐに返ってきた返信には、「誰にでもドローダウンはあります。大事なのは今まで通りリスクを抑え、生き残ることです。負けが続いた後に相場から退場してしまえば、大きなチャンスも掴めない」と書かれていた。健太ははっとした。冷静に考えれば、今のドローダウンは許容範囲内だ。資金管理のルール通りにやっている限り、破産することはない。重要なのは、この先に来るであろうチャンスを逃さず掴むため、今マーケットに居続けることだ。
それでも、次のエントリーを躊躇する自分がいた。連敗の記憶が脳裏をよぎり、また負けるのではないかという恐怖が手をすくませる。それを振り払うように、健太は深呼吸した。「自分を信じろ。ルールを信じろ。」そう心で唱える。幸い、リスクはコントロールできている。最悪のケースでも生き残れるよう準備はしてある。後は恐怖に屈せずチャンスを待つだけだ。
そんな折、為替市場で徐々に円安のトレンドが形作られ始めた。数週間にわたりレンジを形成していたドル円相場が、重要なレジスタンスラインを上抜けたのだ。健太の分析でも強い上昇シグナルが点灯した。この機会を逃す手はない——震える手で健太は買いの注文を入れた。いつも通り損切りポイントも設定済みだが、今回は心中にこれまでとは違う緊張感があった。長い停滞を経て訪れたかもしれない大きな波。その波に飛び乗ることへの期待と、不安。そして覚悟。「来るなら来い…!」健太は心の中で祈るようにつぶやきながら、静かに相場の行方を見守った。
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