第6話 師との出会い
休日の午後、健太は都内の静かな喫茶店にいた。向かいの席には、先日のコミュニティサイトで連絡をくれた人物――田中という中年の男性が座っている。落ち着いた物腰と穏やかな眼差しが印象的な人物だった。自己紹介もそこそこに、健太は改めて自分の経緯を話した。田中は時折頷きながら、遮ることなく最後まで耳を傾けてくれた。
「誰しも通る道ですよ。」健太の話が終わると、田中は静かに口を開いた。「私も若い頃、同じように有頂天になって大きな失敗をしました。マーケットに鼻をへし折られて初めて、自分の未熟さに気づかされたんです。」そう言って彼は苦笑した。「相場で生き残るには、技術以上にメンタルとリスク管理が大事だと痛感しましたよ。」
健太は身を乗り出した。「リスク管理…頭では分かっていたつもりでした。でも目の前の利益に夢中になって、完全に無視してしまって…。」自嘲気味に言う健太に、田中は優しく頷いた。「人間ですから、感情があります。恐怖や欲望をゼロにすることはできない。でもそれを制御する仕組みを作ることはできます。トレードを始める前にルールを決め、そのルールを絶対に守ることです。」
田中は自身が実践しているトレードルールの例をいくつか示してくれた。例えば、田中は次のようなルールを挙げてくれた。
• 1回のトレードでリスクに晒す資金は口座の2%以内に抑えること。
• エントリー時には必ず損切りラインを決め、逆指値注文を入れておくこと。
• 明確なトレンドが出ていると判断したとき以外はポジションを持たないこと。
健太はノートを取り出し、田中の言葉を書き留めた。その一つ一つが、これまでの自分に欠けていたものばかりだった。
「トレンドフォローの戦略自体は間違っていませんよ。」田中は続けた。「問題は健太さん、あなたがルールを守らずに自己流で暴走してしまったことだ。トレンドに乗るのは有効ですが、常に『いつ撤退するか』を決めておかないと、いずれ大きな波に呑まれてしまう。」痛いところを突かれ、健太は思わず唇を噛んだ。「まさに自分がそれで…。」と悔しさが込み上げる。
田中は穏やかな声で続けた。「マーケットで勝ち続ける人たちは、皆一様にディシプリン(規律)を重んじています。運任せではなく、常に計画とルールに沿って動くんです。たとえ損切りが続いて苦しくても、小さい損で済ませて耐えれば、いずれ大きなトレンドに乗れます。逆に、小さな損を嫌がって抱え込めば、いつか今回のような大損につながる。」健太ははっと息を飲んだ。それはまさにエド・スィコータの言葉通りだった。小さな損失を避けようとして致命傷を負ったのが自分だ、と痛感する。
「失敗から学んだ今なら、きっと前より冷静に相場と向き合えるはずです。」田中は励ますように言葉をかけた。「焦って一気に取り返そうとせず、まずは少額でいいから、自分のルールをテストしてみるといい。トレード日誌も続けていますか?」健太は頷いた。「ええ、実は日誌だけはつけていて…負けた後は怖くて書けませんでしたが。」田中はニコリと笑った。「それでいいんです。日誌は感情の鏡です。自分がどう感じ、どう判断したかを書いておけば、後から振り返って客観的に自分を分析できる。感情に飲まれそうになったら、以前の自分の失敗を読み返すんです。同じ過ちを繰り返さないためにな。」
暖かいコーヒーの香りが漂う中、健太の凍えていた心が少しずつ解けていくのを感じた。田中が語る一言一言が胸に染み渡り、失意の底にいた健太の中に小さな明かりが灯っていく。
「私でよければ、またいつでも連絡してください。ひとりで抱え込まないことです。」別れ際にそう言って田中は名刺を差し出した。そこには個人トレーダーとしての肩書きと連絡先が記されていた。健太は深々と頭を下げ、その名刺を両手で受け取った。
喫茶店を出る頃には、空は茜色に染まっていた。健太は久々に清々しい気持ちで空を見上げた。胸の中に、再び挑戦したいという思いが静かに芽生えているのを感じる。「ありがとうございました。本当に…」何度も礼を述べる健太に、田中は「こちらこそ、あなたの熱意を思い出させてもらいました」と微笑んだ。
別れ際、健太は意を決して尋ねた。「あの…最後にもう一つだけ。エド・スィコータが『皆自分の欲しいものを相場から手に入れる』と言っていますが、負け続ける人は本当は負けたいと思っているということでしょうか?」田中は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。「面白い問いですね。私の解釈ですが…人は無意識に自分の信念を証明しようとするものです。自分は負けるに違いないと思えばその通りに行動してしまうし、自分は成長できると思えばそう行動できる。大切なのは、自分が心の底で何を望んでいるのかを見極めることですよ。」健太は静かに頷いた。その意味はすぐには掴みきれなかったが、胸の中に何か新しい視点が生まれた気がした。
別れた後, 健太は足早に家路を辿りながら決意を新たにしていた。もう一度やってみよう。今度は慎重に, 学んだことを全て活かして。心に蘇るのは数々の教訓だ。「損失を小さく抑え、生き残れ」「マーケットに臨むときは常に規律を持て」「トレンドは友達だが、永遠の友ではない」——失敗から立ち上がるための糧は十分に得た。あとはそれを実践に移すのみだ。健太の胸には、久しく忘れていた闘志が静かに灯り始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます