第2話 初陣
健太は取引口座を開設すると、早速軍資金を投入した。学生時代からの貯金やボーナスをかき集め、最初の証拠金としたのは100万円。その金額を前にすると、「もし失ったら」という不安が一瞬よぎったが、それ以上に胸を高鳴らせる高揚感が勝っていた。ついに自分もマーケットに足を踏み入れる――そう考えるだけで、体が震えるほどの興奮を覚えた。
平日の朝、いつもなら出勤の準備をしている時間に、健太はパソコンの前に座っていた。証券会社の取引画面にログインし、動く株価の数字やチャートを初めてリアルタイムで目にする。東京市場が開くと、画面上の銘柄が一斉に値動きを始めた。その中でニュースで話題になっていた一つのIT企業の株価がぐんぐん上昇しているのに気づく。チャートは右肩上がりの曲線を描いており、「トレンドは友達」という言葉が頭をよぎった。
「今だ…!」健太は意を決して、その銘柄の買い注文ボタンをクリックした。購入単価は1,200円で、100株を成行で取得。合計12万円の買い付けだ。瞬間、保有銘柄リストに数字が並び、自分が株主になったという実感がこみ上げてくる。画面に表示される含み損益は、刻一刻と変化していた。数分後、株価は1,230円に達し、含み益は+3,000円となった。「やった!」思わず声が漏れる。初めてのトレードで利益が出た喜びに、心臓が高鳴った。
その日は仕事を休んでいた健太だったが、興奮冷めやらぬまま一日中マーケットに張り付いた。さらに値上がりしそうな銘柄を探し、いくつかの取引を繰り返す。幸運にも、買った銘柄はいずれも僅かながら上昇し、終わってみれば一日で2万円のプラスとなった。2万円は会社での数日の労働に相当する額だ。それをたった一日、自宅でパソコンに向かっただけで稼ぎ出した事実に、健太は震えるような快感を覚えた。
夜、画面を閉じた健太はソファに体を沈め、今日の成果を反芻した。初陣としては上出来もいいところだ。「やはり自分にはセンスがあるのかもしれない」――そんな考えが頭をもたげる。ノートを開き、トレード日誌に今日の出来事を書き記した。初めての取引で感じた緊張と興奮、利益を得たときの歓喜も余すところなく書き留めた。エド・スィコータの本に倣い、「システムに従うこと」と「感情をコントロールすること」の大切さも記しておいたが、内心では「思ったより簡単じゃないか」と楽観的な自分がいた。
翌日から会社に出社しながらも、健太の頭は相場のことでいっぱいだった。昼休みにはスマートフォンで株価を確認し、通勤電車の中では前日のチャートを眺めてはエントリーポイントをシミュレーションする。仕事中も隙あらばマーケットニュースに目を走らせ、同僚の会議中にも心ここにあらずといった有様だった。上司に注意を受ける場面もあったが、それでもマーケットへの熱は冷めない。むしろ「会社の給料以上のお金をマーケットで稼げるかもしれない」という期待が膨らみ、与えられた仕事をこなしながらも心は市場に飛んでいた。
そうして数日が過ぎる頃、健太の証券口座残高は順調に増えていた。いくつかの銘柄で小さな利益を積み重ね、100万円だった資金は110万円を超えた。わずかな期間で10%以上のリターンを得たことで、自信はますます高まっていく。チャートの動きも徐々に読めるようになってきた気がした。夜には海外市場にも手を出し、米国株や為替のトレードにも挑戦し始める。画面に向かう時間が増えるにつれ、健太の生活は徐々に相場中心に回り始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます