第3話 慢心
小さな成功体験を積むうちに、健太の中である確信が生まれ始めた。「自分には才能がある。マーケットでこのまま勝ち続けられるのではないか」と。トレード開始から数週間、負けることより勝つことの方が多く、資金は順調に増えていた。時には含み損を抱える場面もあったが、我慢して持ち続ければ結局は値上がりに転じて利益で終わる――そんなパターンが繰り返されたことで、健太は知らず知らずのうちにリスクを軽視し始めていた。
ある晩、健太は友人と飲みに出かけ、自分がトレードで儲けていることを得意気に話した。友人は半信半疑だったが、「すごいじゃないか。本当にそんなにうまくいくのか?」と驚いた様子だ。それを聞いた健太はさらに気を良くし、「今のところほとんど負けなしだよ。運もあるけど、自分なりに相場の波を読んでいるんだ」と自慢げに語った。酔いも手伝って、彼は「近いうちに会社を辞めて専業トレーダーになるかもな」などと口にした。友人は笑って受け流したが、健太の瞳は本気だった。
実際、健太は職場での仕事が手につかなくなりつつあった。マーケットで稼ぐ快感を知ってからというもの、会社での業務は退屈で意味のないものに思え始めていた。「自分はこのまま社畜として一生を終えるつもりなのか? それともマーケットで大きく勝ち、自由を手に入れるのか?」そんな考えが頭を巡り、パソコンのエクセル画面を前にしていても意識は昨夜のNY市場の動きに飛んでいる。上司の指示にも生返事が増え、周囲から見ても明らかに集中力を欠いていた。
それでも、トレードでは運に恵まれていた。ある時、彼は米国市場のハイテク株に狙いを定め、大胆な勝負に出た。以前から注目していた大型IT企業の株価が好決算を受けて急騰していたのだ。「この勢いは本物だ。まだ上がる」と判断した健太は、これまでで最大のロットを投入した。信用取引でレバレッジをかけ、通常の2倍のポジションを持つ。約300万円相当の買いを入れた計算だ。口座資金はすでに150万円近くに増えており、証拠金の範囲内だから問題ない、そう自分に言い聞かせてのエントリーだった。
結果は期待通りだった。株価はさらに上昇し、健太は短期間で大きな含み益を手に入れた。評価額は見る見るうちに200万円を超え、まるで自分がマーケットの魔術師になったかのような錯覚を覚えた。パソコンの画面に表示される数字を前に、彼は悦に入った。「やはり俺には才能がある。プロのトレーダーとしてやっていけるかもしれない」と心の中の声が囁く。
そんな折、彼女の彩から電話がかかってきた。最近健太の様子がおかしいことを心配しての連絡だった。彩は健太がトレードを始めたことは知っていたが、あまり深入りしないようにと以前から忠告していた。「ねえ健太、ちゃんと寝てる? 毎日チャート見てるみたいだけど無理してない?」優しい声で尋ねる彩に、健太は「大丈夫、大丈夫。今ちょうど上手くいっててさ、心配いらないよ」と笑って答えた。「本当に? うまくいってるのは良いけど、あんまり夢中になりすぎないでね。」「平気さ。もう少ししたらいい報告ができると思う。」彩は曖昧な返事に不安げだったが、健太はろくに聞いていなかった。早く電話を切って相場に戻りたい気持ちでいっぱいだったのだ。
画面に目を戻すと、含み益はさらに増えていた。健太は有頂天だった。リスク管理のことなど頭から消え去り、もっと大きく賭ければもっと儲かるはずだとすら思い始めていた。チャートの先を読む自信は高まり、「次はこの資金を倍にしてやる」と意気込む。その胸中には、成功への期待と慢心が入り混じって渦巻いていた。
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