第1話 新学期の凸凹オールシーズンコンビ

 夏休み明け、二学期初日の朝。

 俺が学校へ登校すると下駄箱から――


 ドサドサドサ。


 という音を立てて、漫画のワンシーンみたいに大量のラブレターがなだれ落ちてきた。


「流石におモテになりますな〜」


 俺が落ちたラブレターを拾っていると、後ろから聞き慣れた声が。

 その声の主は俺の肩にポンと手を置き、冷ややかな声で言い放つ。


「ねぇ〜。男子バスケ部のエース様」


 背後から俺に辛辣な声を掛けてきた女の子。

 その声を聞いただけで、誰なのかは一瞬でわかった。

 名前は秋月あきづきフユ。

 女子バスケ部に所属する女の子だ。

 そして彼女も俺と同じ立場にある。


 軽やかな足取りで離れて行く足音。

 下駄箱を開ける音が聞こえた直後。

 後ろから――


 ドサドサドサ。


 つい今しがた聞いたような音が。

 俺はそれを聞くなり、さっきの仕返しと言わんばかりに。


「流石におモテになりますな〜」


 振り向いてみれば、下駄箱から溢れ出したラブレターをワナワナと眺めるフユの姿が。

 俺はそれを見るなり、彼女の耳元に近づき。


「ねぇ~。女子バスケ部のエース様」


 俺の声を聞き、ハッとした顔をするフユ。

 彼女は我に返るなり、頭を抱えて叫び声を上げる。


「もうなんでよ‼ 私、モテる要素なんてないのに‼」

「それはこっちのセリフだ。俺だってモテる要素ゼロだぞ」


 大きめの紙袋一つ分ぐらいのラブレターを前に、下駄箱前で並ぶ低身長男子と高身長女子の凸凹コンビ。

 それが俺たちオールシーズンコンビだ。

 俺、夏陽ハルは小柄な身長120センチ以下。

 秋月フユは、女子にしては高い170センチ。

 俺たちの関係を一言で表すなら、腐れ縁だ。


 母親同士が友達同士の為、ちょくちょく二人で遊ぶことが多く。

 というかフユのバスケの練習相手として、よく俺があてがわれていた。

 それ以降二人でいる時にもよく話すようになり、今では軽口を叩き合う仲。


 傍から見れば、恋愛とは無縁の男女の友情にしか見えないはずだ。

 少なくとも俺は違うんだけどな。

 俺は明確にフユを意識している。

 それも子供の頃、彼女の試合を初めて見た日から。


「何、見てるのよ」

「別に~」


 床に落ちたラブレターを拾い集めるフユと目が合った。

 短い黒髪に整った目鼻立ち。

 彼女の黒い瞳が軽く俺を睨みつける。

 別に怒られることをした覚えはない。

 ただ単に俺は見ていただけだ。

 気になることは一つあるけど。


「ところで女バスも代替わりしたんだよな?」

「ええ。そちらと違って県予選で負けましたから。夏休み前にあっさりと」

「ところどころ毒がある言い方だな……」


 決してウチの女バスは弱くない。

 それどころか全国の一歩手前まで進んでいたんだから充分強い。

 相手だって今年の全中ベスト4。そんな相手と熱戦を演じたのだから。

 それでもフユは満足してないようで。


「高校こそはインターハイに行って見せるんだから」

「その意気。その意気」

「何? 自分はもうインターハイを決めたつもりなの?」

「そもそも俺、高校でもバスケをやるとは限らないし」


 会話の合間にかき集めた大量のラブレターを抱え、俺はフユを置き去りに歩き出す。

 すると彼女も慌てて床に散らばった手紙をかき集めて、俺の後を追いかけてきた。


「まさか中学で辞めるつもり‼」


 後ろからフユの叫び声が聞こえた。

 既に数歩先を歩く俺には遠すぎる位置から。

 それに対して俺は振り返ることもせず軽く手を振って答える。


「心配するな。高等部に行くまでには決めておくよ」


 考えはもう纏まっているのに、俺は敢えてそんな言い方をした。

 ただフユを揶揄う。そのためだけに。


   ***


「お前がバスケを辞める? 冗談も休み休み言え」


 始業式を控えた教室。

 俺は友達の宿題を写しながら、朝の出来事を話していた。

 友人の名前は神宮寺司じんぐうじつかさ。俺と同じ元男バスでキャプテンだった眼鏡男だ。

 ちなみに俺は副キャプテン。司ができた人間だったから仕事なんてほぼ無かったけど。


「夏休みフルに使って。高等部の練習に混ざっていたやつが何を言う」

「黙れ。お前も似たようなもんだろうが。ちゃっかり俺と一緒に参加しやがって」

「高等部の練習にも慣れておく必要があるからな。レギュラーを狙う以上は」

「…………」


 俺は宿題を進める手を止めて、眼鏡を掛けた優等生ポイントガードをみつめる。

 すると当の本人はややイラつき気味に。


「なんだ? その目は? 俺の顔に何かついてるのか?」

「そうじゃなくて。軽くビックリしたんだ。お前にもそういう闘争心、あったんだな」

「誰かさんのおかげでな。ハルだって狙うんだろ、レギュラー」

「当然……と言いたいところだけど。身長がな~」


 120センチ以下のバスケット選手。そんなのが通じるのは所詮、中学レベルまで。

 高校で俺がどこまでやれるのか。それは未だ未知の可能性だ。

 高等部でもバスケはやる。それは決定事項だけど、中等部ほど本気でやるかは微妙なところだった。ただし身長についての葛藤は既に、バスケを始めた中一の時にクリアしてる。全中で手も足も出ないまま負けた時に。問題は俺が高校レベルを知らないという点だ。ウチの高等部も強いは強いけど、全国レベルとまでは行かない。


「秋月目当てでバスケ部に入ったクセに今さらだな」

「ハハハ。お前、デリカシーって言葉知ってる?」


 司とは親友のような関係。

 ひょんなことから時折、恋愛相談もしてる。

 数少ない俺がフユを好きだと知る人間の一人だ。


「た、確かにきっかけはあいつだよ。でもな、今もそれだけとは限らないだろ」


 純粋にバスケも楽しいし、全国レベルの相手と戦うのはワクワクする。

 中には今度こそ勝ちたい、ライバルだっているし。


「だから俺が悩んでるのは――」

「背が低くて。試合で使ってもらえるか不安ってところか?」


 顎が外れそうなほど驚いた。こいつはエスパーか何かなのか。

 まさにその言葉の通り、俺はそういうことを不安視していた。


「確かに二年連続全中MVPとはいえ、その身長だとな……」

「どうせ、クソチビだよ。スゲー健康体なのにさ」

「腐るな。その代わりジャンプ力とスピードは全国一だろ」

「お、おう。なんだよ、お前にしては珍しく――」

「でも背が低い分。パスする時に追加の戦略を組み込まないといけないんだよな」

「表に出やがれ‼ 喧嘩の大安売りなら底値で買ってやる‼」


 こうしてこの日、夏陽ハル中学三年の二学期は静かに幕を上げた。

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