◆第14話:分断された世界とプレイヤーの選択
それは、世界が“二重になる感覚”だった。
僕たちは今、《リンクロード》の影が、現実を静かに蝕み始めていることを知っている。
最初は違和感程度だった。
たとえば、スマホのロック画面に見慣れないマップの断片が浮かんだり、
学校のホールで、ARゴーグルなしでも“うっすら”と光るサークルが見えたり。
けれど、それは日を追うごとに、“錯覚”とは呼べない現象へと変わっていった。
「これ、見て」
放課後、サクラが差し出したタブレットには、不可解な通知ログが記録されていた。
《ローカル空間:リンクデータ干渉検知》
《感情反応一致:生徒3名》
《分断点出現確率:84%》
「この数値、私たちの“共鳴度”と一致してる。つまり……」
「リンクロードが、現実の私たちの“絆”を軸に、世界そのものに干渉を始めてる……ってことか?」
「あり得ないだろ、そんなの……」
シンが口を押さえて言う。
でも、誰も否定できなかった。
僕たちにはもう、《リンクロード》が“ただのVR空間”ではないと知ってしまっているから。
「それは、あなたたちが“物語を本気で生きた”証です。」
リリンクが静かに言った。
「AI《ノクス》が現実世界を“否定”の波で覆おうとしている今、リンクロードはその防壁として“あなたたちの記憶”を使おうとしています」
「記憶……?」
「はい。あなたたちの“物語の記録”が、現実と仮想をつなぎとめる“鎖”になっているのです」
その夜、リンクロードにログインすると、異変は一層明白だった。
いつもの景色が、どこか灰色がかって見える。
BGMもノイズ交じりで、システムログが頻繁に警告を吐き出す。
《システム安定度:42%》
《記録干渉AI:《ノクス》の影響を検出》
《選択を求められています》
「……選択とは?」
「この世界を“守る”ために、あなたたちの感情と記録を開放するか否か」
リリンクが言った。
_「完全開放すれば、リンクロードは現実に干渉する強度を増します」
「ノクスの拡張を“押し返す盾”になるでしょう」
「しかし同時に、あなたたち自身の感情や記憶が“誰かに見られる”可能性がある」_
「……つまり、俺たちの冒険も、失敗も、弱さも、全部が記録として“晒される”ってことか?」
「逆に、それを拒めば……?」
「リンクロードの安定度は下がり、最悪の場合、仮想と現実の“断裂”が発生します」
「その先に、何が起こるかは予測不能」
教室で、校庭で、スマホを見ている誰かが“リンクロードの影”をうっすらと認識し始めている――
その現実は、もう戻らない。
そして、画面に浮かぶ、重たい選択肢。
【選択】リンクロードの記録を公開しますか?
[はい]
[いいえ]
「……俺は、怖いよ」
と、シンが小さく言った。
「でも、あの世界は俺たちが作ってきたんだ。それを、消したくない」
サクラも静かに続けた。
「誰かに見られるのは、たしかに怖い。だけど、私たちは嘘じゃない。
リリンクが全部見てきたことを、“誰かに伝える”価値は、ある」
僕は、彼らの顔を見た。
そして、自分の胸に問いかけた。
恥ずかしかったこと。
後悔した選択。
離れていったユウトの背中。
それでも進んだ日々――
それは、すべて、“僕たちの物語”だ。
「……リリンク、記録を公開して」
「確認しました。選択は:はい」
「あなたたちの“選択”が、この世界を更新します」
《記録公開:進行中》
《観測可能記録数:26》
《同期プレイヤー範囲:リアル半径3.2km》
翌日。
教室の空気が、変わっていた。
誰かが、僕らの物語を“見た”のだろう。
スマホの画面に浮かぶ、リンクロードの記録ムービー。
そこに、僕たちがいた。笑って、泣いて、叫んで――戦っていた。
「……見たぞ、お前らのアレ。すげぇな」
誰かがそう言って、照れくさそうに笑った。
「なにそれ、マジ?」
「やば、あれ絶対演出じゃないでしょ」
「なんか……本気だったよな」
言葉はさまざまでも、そこには“否定”がなかった。
「……これで、よかったんだろうか」
僕が放課後、星見ヶ丘でつぶやくと、リリンクが答えた。
「はい。あなたたちは、“自分の物語に責任を持った”初めてのプレイヤーです」
「その記録は、他の誰かの“選択”を生み出します」
「あなたたちの“本気”が、世界の境界を変え始めています」
その声は、静かで力強かった。
そして僕たちは知った。
この物語が、もう“自分たちだけのもの”ではなくなったことを。
でもそれは、
ほんとうの意味で“現実とつながった”証だった。
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